2012年9月30日(日)
台風17号が通過していきました。
なので今日は、台風が来る前に買い物に。
息子も、練習試合がなくなり、午後は久々に家族3人でまったりしました。
私は、小説を読んだり、昼寝をしたり。
息子も、久々の部活オフをゲームしたり昼寝したりで過ごし。
娘は、何を思ったか、キッチンを片付けたり、いそいそと掃除をしてくれてました。珍しい!!
子どもに、入院&手術のことをいつ言うか、どう言うか、ずっと迷っていましたが、平日に言うのもしんどいなぁと思い、今日、言おうとやっと決意したのが、夕飯を食べている時。
で、食べ終わってから、
「ママ、入院して手術することになったし!」
とカレンダーを見ながら、さりげなく切り出しました。
高2の息子
「はぁ?!何、それ。」
小6の娘、無言で固まる。
「なんか、赤ちゃんの卵ができるところが腫れてて、なんかができてるから、とった方がいいって言われてん。」
「できものは、いいヤツか、ガンか、その中間のヤツか、とって調べなわからへんねんて。」
娘「ガンやったら、ママ、死ぬん?」
「いや、すぐには死なへんよ。手術して、5年間、他にうつってなかったら、大丈夫らしい。」
息子「入院中、俺らどーするん?」
「おばあちゃんが来てくれるって。」
息子「もし、ママが死んだら、俺ら、どーしたらいいん?それもしゃべっとこーや。」
娘「そんな話、いややわ。」
「パパのとこ、行く?」
息子「…行きたくない。」
「じゃあ、この家で、おばあちゃんに来てもらって暮らし。家のローンは、ママが死んだらなくなるし、売ってもいいし。」
息子、思ってた以上に冷静で、びっくりでした。
娘は、かなりショックを受けてました…。
息子「ママ、麻酔切れたら、痛いでぇー。寝返りうてへんでー。」
と、脅されました。
というのも、息子は、2回もオペしてるんです。
3歳の時に、ろうと胸の形成手術。小4の時に、鼠径ヘルニア(脱腸)の手術。さすがに3歳のオペは覚えてないようですが。
そう思ったら、よく頑張ったなと。
3歳の時は、胸を切ってのオペ。オペ後の消毒の時には、私は病室から出され、中から「ママ~。助けて~。」と叫んでいたのを覚えてます。あの頃は可愛かったのにな。
娘は、とりあえず、おばあちゃん(と姪っこ)が来てくれることで、安心したよう。
そのあとも、時々涙ぐんでいましたが。
私がお風呂に入る時には、
「ママ、お風呂で死なんといてやっ」
と言われました…。
「オペでドクターが大失敗をしたら死んじゃうかもしれんけど、もしガンとしても、まだまだ死なへんよ…。だいたい、ガンが体じゅうに広がったら、もっとやせるし…。」
と言うと、「ほんまに、全員がやせるの?」とつっこまれました。
たぶん、そうだと思うのですが、違うんでしょうか。確信は持てず。
子どもたち、不安になってる分、いつもどおり明るくいこうと思います。
オペじたいは、無事に終わると思ってるんですが、やっぱり、ドクターがミスをしなくても、術中の急変ってあるのでしょうか…?
それだけは、ないようにと思ってるのですが、麻酔中なので、頑張りようもないですね。
となると、やはり、最悪の事態に備えて、いわゆる『エンディングノート』を書くべきでしょうか…。
みなさん、どうされてるんでしょう。
母は、「エンディングノートなんて、縁起でもない。」と、反対のようでした。
とはいえ、子どもに伝えるという大きなミッションは、クリアしました。
娘は、いろいろと思うところはあるようで、まだまだ質問は山ほどでてきそうです。
「いつわかったん?」
「誰が知ってんの?」
「近所に言うの?信用できる人にしか、言ったらあかんで。口が軽いと、言いふらされるで。」
「ママが手術の日、学校休むわ…。」
↑これは、学校行くように言いました。
「毎日、メールするわ!電話は、できひんのかな?ドラマやったら、電話できるスペースあるやん?」
なんだか、子どもに苦労をかけてばっかりですね。
手術代もいるし、って話をすると、「節約するわっ」て言ってくれました。
息子も、娘の習い事の送り迎え、自転車でしてくれるそうです。
最近、不審者多いので。
ユニフォームも、自分で洗って干して寝るよう言いました。
自分たちも、頑張らなあかんって思ってくれて、良かったです。