受賞作品が全文掲載され、選考委員の選評も載っているからだ
■1■今回、第134回の受賞作・絲山秋子「沖で待つ」も、期待しながら読んでみた
驚いたなんだ、これ
なにやら、女性総合職の「私」なる主人公が、同期の男性の「太っちゃん」と会社で「仕事ごっこ」をしながら、小学生か中学生並みの「男女交際」の様子を描いた馬鹿馬鹿しい話でしかない
二人は、どちらか先に死んだらパソコンのハードディスクを壊して、「秘密」を他人に知られないようにし合おうという「約束」をする
ところが「太っちゃん」は飛び降り自殺の巻き添えで突然死
「私」は事前の取り決め通り「太っちゃん」の自宅に忍び込み、ハードディスクを壊して「約束」を果たす
実は「太っちゃん」は「私」への思いを綴った「沖で待つ」という小学生並みのポエムを残しており、「私」は「参ったな」としか思い浮かばない
底の浅い男女の関係、最後の「太っちゃん」の幽霊との会話など噴飯ものだ
■2■何人かの選考委員はこの作品を高く評価しているが、何故だろう
まずこの作品で描かれている男女関係について、山田詠美は「友人でもなく、恋人でもなく、同僚。その関係に横たわる茫漠とした空気を正確に描くことに成功している」という
黒井千次なども「女と男の新しい光景」が描かれ、「一見遠ざけられた性の谺(こだま)が微かに響き返して来るところにも味わいがある」という
これだけでも、おいおい、ホントかよって思うのに、池澤夏樹にいたってはハードディスクを壊してくれと頼むのは「死生観を共にしているという思いの表明」とまで書いており、なにもそこまで深読みしなくてもと思ってしまう
仕事の記述についても、河野多恵子などは「職業(生活の資を得るための仕事)を見事に描いた小説」とベタ誉めだし、宮本輝は「何年も実社会でもまれた人しか持ち得ない目が随所に光っている」という
河野も宮本も実際に会社勤めをしてサラリーを得た経験があるのだろうか
少なくとも私の経験からしてみれば、現実の職場はこの作品に描かれているような甘いところではない
絲山の経歴を見ると、確かに大学卒業後、2年ほど住宅設備機器メーカーで働いたことがあるようだが、おそらくこの人は本当の職場の「地獄」を見たことがないのだろう
結局、この小説には石原慎太郎が書いているように、我々の心を「戦慄」させるものが全くないのだ
「失望」の一語に尽きる作品であった