朝、起きる。ヤァヤァ快眠だ。
そんなわけはなく、夢の世界から、まるで猫をつまんで外に放り出すみたいに叩き起こされた格好だ。
瞼は呪縛的に閉じたまま、スムーズに開こうとはしない。
頭は重く、頭蓋骨と脳みそはどうしようもない愚図のパティシエが拵えたスポンジのようにスカスカとした感じで、どうにも状況がよく把握できない。
耳の近くで、ちっとも良心的ではない電子音が鳴り響いている。
べるるるるるる、べるるるるるる。
けたたましや。いと、けたたましい。携帯電話の呼び出し音だ。
ガチャリ、はいもしもし。あぁ、クライアントさんですか。なんですって、今スグ来いと。
はぁ、承りましたぁ。ガチャリ。無音。
こんな朝っぱらになんだよ。朝?外、暗えじゃねえか。
何時だよ、おい。まだ電車動いてねえじゃねえか。じいさんばあさんでもまだ寝てるって。
ナポレオンは寝ないことで有名だが、実は移動中の馬車の中でよく昼寝していた、などと頭の中で情報が散乱、もそもそと布団から出る。
うーんと、伸び。
寝た気がしない、3時間。ろくでもねえ。
とるものもとりあえず、着るものは着て、寝ぐせを直し、しょうがないけど家を出る。
あ、歯ぁ磨いてくるの忘れてた。息、くっせえだろうな。昨日餃子の王将だったし。
まあいいや、ミンティア買っとこう。タクシー!どこどこまでお願いします、なんていって、降りるときにはしっかり領収書貰っとかなきゃ。
お客さん、夜遅くまでご苦労さん、と運転手が話しかけてくるもんだから、そうですね、大変ですよ、運転手さんもご苦労さんです、と一応返答。
今から仕事なんだけどね、実は。しかも、多分怒られに行くんだよ、僕は。
クライアントのもとに着く。でっぷりとした腹、脂の浮いた額、薄い毛髪、賤しいうすら笑いがこびり付いた口角、目尻、さながら猪八戒。
どうしてこうまで類型的な、嫌悪感を誘発する外見。ああ嫌だ。
遅いと罵られ、僕の仕事っぷりについて罵られ、結局要領を得ないまま、罵り罵り2時間。
クライアント、ひとしきり罵倒した後コーヒーを入れて一息ついてるもんだから、あの、僕はどうしたらいいんでしょうか、と聞くと、ああ、帰ってよろしいと。
なんだ、ただのストレス発散か。
よかった、弊社のミスは無かったんですね、とポジティブに。
帰る。馬鹿らしい。
家に帰ろうと思うが、左手に着けている成人祝いのうすら禿げた電子時計は、きっかり出社時間。
外は陽光、清々しい朝の光。馬鹿の朝。
走って急いで会社。自分のデスクに座ると、身体が垂直に落ちていくような感覚がして一瞬にして虚無。
魚のような顔をした課長に叩き起こされる。そうですよね、スイマセン。
一日、雑務。でるわでるわ、トラブルの山。
昨日寝るときは、一つ火急の仕事を片付けて、あとはのんびりタバコを吸いながら暇つぶしてりゃ終わると思ってたのになぁ。
朝から得意先でトラブルでやんの。しかもそのトラブルってのが厄介で。
あーあ。眠いって。得意先に出向く。ああ、この機械が壊れてしまったんですね。
これはこうこうこうして。え、直らないですね。おかしいな。うーんと。
ということを5度ほど繰り返す。限られた時間が、無能で無為で無生産な屑に換わっていく。
こうして、僕は労働力を資本家に貸し与えることで、その対価として賃金を得ているのだ。
資本主義の豚だ、牙を折られた蛇だ、去勢された犬だ。結局対応に追われて、夜。
得意先から会社に帰って、始末書書いて。明後日の会議は僕の持ち回りだ。準備。
同僚は我先にと、急いで帰る。今日に限って残業していかねえんだな、クソ。眠いって。腹減ったって。
そうこうしているうち、あらこんな時間。終電ぎりぎりの時間に出て、ダッシュで駅へ。
なんとか電車には乗れたけど、息は絶え絶え、足は鎹のように手ごたえがない。
心臓バックバク。高校時代、サッカーをやっていたあの頃の体力はどこに行っちゃったの。
僕の吐く息で窓が白く曇る。それはため息。嘆息。
車窓から見る景色は、単なる抽象的な電球の明滅にしか見えない。
ぶっ飛んでいく明りの数々が、モネのようなマネのようななんだかよくわからない模様に見えたり見えなかったり。
電車の中では、一様に能面のような顔をしたスーツ姿の人間達が肩を寄せ合って窮屈な座席に座っている。
まるでアウシュビッツに囚人を運ぶ列車の様だな。それか、奴隷船。
僕もその一員なんだけどね。蛍光灯が厭に明るいのがまた乙なものだね。電車が僕の目的地に滑り込む。
よろよろと電車を降り、よたよたと家路を歩く。
街灯は心なしか元気がないなぁ、そういえば、世間は自分の心を映す鏡だと聞いたことがある。
つまりは自分の気分が落ちこんでれば、街灯も元気なくして見えるってことだ。
進行方向右手にあるコンビニはいつも明るく、中にいるガキの髪の毛もいつも明るい。
それとは対照的に、店員の顔は暗い。ドライ。世知辛い。コンビニ以外は、辺りは暗い。
僕の家まで、ほとんど何もないのだ。人通りも、無い。
はぁ、やだやだ、明日も仕事だしなぁ、早く寝なきゃなぁ。そう思いながら、自宅のカギを探す。
あった。ガチャリ。開ける。ただいまー。だれもいないけど。
靴を脱ぎながら、手探りでスイッチを探す。部屋は真っ暗なはずなのに、こういうときだけ壁の染みがよく目に付く。
普段は見向きもしないのに、暗闇の中でしか見ないものもある。
パチっとした手ごたえ、ややあって部屋に白々しい温もりが灯る。
腹が減った。昨日買ってあったできあいの弁当を食す。
398円という値札を剥がしながら、なかなかにうまい。
着色料、保存料、あり。
缶ビールを飲む。ぶしゅう。プルタブがはじける音。安っぽい琥珀色に輝く液体、かすかに香る金属。
これはこれで良い。ぐびぐび。うまい。
風呂に入ろう。うん。安心する。寝よう。
ベッドにもぐる。電源が切れたように、奈落へ。そして朝。また、日々。
あれ、最悪ってのは、多分こんなもんじゃないかもしれない。
そんなわけはなく、夢の世界から、まるで猫をつまんで外に放り出すみたいに叩き起こされた格好だ。
瞼は呪縛的に閉じたまま、スムーズに開こうとはしない。
頭は重く、頭蓋骨と脳みそはどうしようもない愚図のパティシエが拵えたスポンジのようにスカスカとした感じで、どうにも状況がよく把握できない。
耳の近くで、ちっとも良心的ではない電子音が鳴り響いている。
べるるるるるる、べるるるるるる。
けたたましや。いと、けたたましい。携帯電話の呼び出し音だ。
ガチャリ、はいもしもし。あぁ、クライアントさんですか。なんですって、今スグ来いと。
はぁ、承りましたぁ。ガチャリ。無音。
こんな朝っぱらになんだよ。朝?外、暗えじゃねえか。
何時だよ、おい。まだ電車動いてねえじゃねえか。じいさんばあさんでもまだ寝てるって。
ナポレオンは寝ないことで有名だが、実は移動中の馬車の中でよく昼寝していた、などと頭の中で情報が散乱、もそもそと布団から出る。
うーんと、伸び。
寝た気がしない、3時間。ろくでもねえ。
とるものもとりあえず、着るものは着て、寝ぐせを直し、しょうがないけど家を出る。
あ、歯ぁ磨いてくるの忘れてた。息、くっせえだろうな。昨日餃子の王将だったし。
まあいいや、ミンティア買っとこう。タクシー!どこどこまでお願いします、なんていって、降りるときにはしっかり領収書貰っとかなきゃ。
お客さん、夜遅くまでご苦労さん、と運転手が話しかけてくるもんだから、そうですね、大変ですよ、運転手さんもご苦労さんです、と一応返答。
今から仕事なんだけどね、実は。しかも、多分怒られに行くんだよ、僕は。
クライアントのもとに着く。でっぷりとした腹、脂の浮いた額、薄い毛髪、賤しいうすら笑いがこびり付いた口角、目尻、さながら猪八戒。
どうしてこうまで類型的な、嫌悪感を誘発する外見。ああ嫌だ。
遅いと罵られ、僕の仕事っぷりについて罵られ、結局要領を得ないまま、罵り罵り2時間。
クライアント、ひとしきり罵倒した後コーヒーを入れて一息ついてるもんだから、あの、僕はどうしたらいいんでしょうか、と聞くと、ああ、帰ってよろしいと。
なんだ、ただのストレス発散か。
よかった、弊社のミスは無かったんですね、とポジティブに。
帰る。馬鹿らしい。
家に帰ろうと思うが、左手に着けている成人祝いのうすら禿げた電子時計は、きっかり出社時間。
外は陽光、清々しい朝の光。馬鹿の朝。
走って急いで会社。自分のデスクに座ると、身体が垂直に落ちていくような感覚がして一瞬にして虚無。
魚のような顔をした課長に叩き起こされる。そうですよね、スイマセン。
一日、雑務。でるわでるわ、トラブルの山。
昨日寝るときは、一つ火急の仕事を片付けて、あとはのんびりタバコを吸いながら暇つぶしてりゃ終わると思ってたのになぁ。
朝から得意先でトラブルでやんの。しかもそのトラブルってのが厄介で。
あーあ。眠いって。得意先に出向く。ああ、この機械が壊れてしまったんですね。
これはこうこうこうして。え、直らないですね。おかしいな。うーんと。
ということを5度ほど繰り返す。限られた時間が、無能で無為で無生産な屑に換わっていく。
こうして、僕は労働力を資本家に貸し与えることで、その対価として賃金を得ているのだ。
資本主義の豚だ、牙を折られた蛇だ、去勢された犬だ。結局対応に追われて、夜。
得意先から会社に帰って、始末書書いて。明後日の会議は僕の持ち回りだ。準備。
同僚は我先にと、急いで帰る。今日に限って残業していかねえんだな、クソ。眠いって。腹減ったって。
そうこうしているうち、あらこんな時間。終電ぎりぎりの時間に出て、ダッシュで駅へ。
なんとか電車には乗れたけど、息は絶え絶え、足は鎹のように手ごたえがない。
心臓バックバク。高校時代、サッカーをやっていたあの頃の体力はどこに行っちゃったの。
僕の吐く息で窓が白く曇る。それはため息。嘆息。
車窓から見る景色は、単なる抽象的な電球の明滅にしか見えない。
ぶっ飛んでいく明りの数々が、モネのようなマネのようななんだかよくわからない模様に見えたり見えなかったり。
電車の中では、一様に能面のような顔をしたスーツ姿の人間達が肩を寄せ合って窮屈な座席に座っている。
まるでアウシュビッツに囚人を運ぶ列車の様だな。それか、奴隷船。
僕もその一員なんだけどね。蛍光灯が厭に明るいのがまた乙なものだね。電車が僕の目的地に滑り込む。
よろよろと電車を降り、よたよたと家路を歩く。
街灯は心なしか元気がないなぁ、そういえば、世間は自分の心を映す鏡だと聞いたことがある。
つまりは自分の気分が落ちこんでれば、街灯も元気なくして見えるってことだ。
進行方向右手にあるコンビニはいつも明るく、中にいるガキの髪の毛もいつも明るい。
それとは対照的に、店員の顔は暗い。ドライ。世知辛い。コンビニ以外は、辺りは暗い。
僕の家まで、ほとんど何もないのだ。人通りも、無い。
はぁ、やだやだ、明日も仕事だしなぁ、早く寝なきゃなぁ。そう思いながら、自宅のカギを探す。
あった。ガチャリ。開ける。ただいまー。だれもいないけど。
靴を脱ぎながら、手探りでスイッチを探す。部屋は真っ暗なはずなのに、こういうときだけ壁の染みがよく目に付く。
普段は見向きもしないのに、暗闇の中でしか見ないものもある。
パチっとした手ごたえ、ややあって部屋に白々しい温もりが灯る。
腹が減った。昨日買ってあったできあいの弁当を食す。
398円という値札を剥がしながら、なかなかにうまい。
着色料、保存料、あり。
缶ビールを飲む。ぶしゅう。プルタブがはじける音。安っぽい琥珀色に輝く液体、かすかに香る金属。
これはこれで良い。ぐびぐび。うまい。
風呂に入ろう。うん。安心する。寝よう。
ベッドにもぐる。電源が切れたように、奈落へ。そして朝。また、日々。
あれ、最悪ってのは、多分こんなもんじゃないかもしれない。