官兵衛のブログ

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◆◆.日程:

1日目:(30051歩)
*忍阪史跡(舒明天皇陵・●1.鏡女王墓/万葉歌碑①・大伴皇女墓・忍阪生根神社・玉津島明神)
*飛鳥史跡(欽明天皇陵・吉備姫王墓・鬼の雪隠・鬼の俎・天武/持統天皇檜隈大内陵・中尾山古墳・高松塚古墳・●2.文武天皇陵)

2日目(15945歩):千早城(南河内郡)
・葛木神社・転法輪寺・役小角行者堂・金剛山国見城址・金剛山頂上・楠木正儀墓(楠木正成3男)・千早神社・●3.千早城址

3日目(18522歩):稲渕史跡
・稲渕棚田・雄綱・●4.飛鳥川の飛び石・万葉歌碑②

4日目:(21914歩)
*小原の里(藤原鎌足の母大伴夫人の墓・藤原鎌足生誕地/大原神社・産湯の井戸・●5.天武/五百重の万葉歌碑③④)
・飛鳥浄御原宮跡/万葉歌碑⑤
*飛鳥の古墳:
・植山古墳(推古天皇陵?.額田王墓?)・丸山古墳(欽明天皇墓?.蘇我稲目墓?)・孝元天皇軽境原宮跡


◆◆.印象に残ったこと
●1.鏡女王墓:
犬養孝の「万葉の旅」の中で、一番印象に残った写真が、寂し気に見える「鏡女王の墓」だった。
あれから30年以上、今は、どう変わっているかワクワクしながら訪れた。
当時、19本しかなかった松の木は、今は、杉と檜の鬱蒼とした森へと逞しく変貌しているのを見て、なぜか心が和んだ。


・50年前の鏡女王の墓



・現在の鏡女王の墓






●2.文武天皇陵:
文武天皇の父は草壁皇子であり、祖母は持統天皇である。
持統は、実子草壁を次期天皇にすべく、ライバルとなる草壁の異母兄弟に謀反の罪を着せて抹殺したが、草壁は28歳で、孫.文武も24歳で若死にした。
「天皇といえども、因果応報・悪因悪果。」などと思いながら文武陵の写真を撮っていたら、石段を踏み外して右足の向う脛を強打し、約10cmの裂傷。
「や、や、やられた~!」。
剛腕、持統や恐るべし!

●3.千早城址:
ロープウエイで楽々登ったが、帰りは、石・木・土の階段に次ぐ階段(目の子で2000段以上?)。
右足を庇ったせいか、太ももの筋が痛くなり、一時は、山中で夜明しかと思ったが、休み休み、やっと自力で生還した。
狭い城跡や道以外は、切り立ったような急峻。千早城の攻め難さを、身をもって体験した(笑)。

●4.稲渕の棚田と飛鳥川の飛び石:
稲渕地区は、棚田が視野いっぱいに広がる。
「飛び石」は今も利用され、清らかな飛鳥川のせせらぎには、名も知れぬ小魚が群れ遊ぶ、など、今も、古代飛鳥の風情を色濃く残している。
「この地で暮らしたい。」という思いが、一瞬、頭を よぎった。

・飛鳥川の飛び石



          
●5. 天武・五百重の万葉歌碑③④:
飛鳥浄御原に居る40台の天武が、小原の里(実家)に居る10台の五百重妃の大雪を見舞った微笑ましい相聞歌である。
30歳も年上の天皇に、やんわりと言い返す五百重は機知と勇気に富み、明るくユーモラスな人柄と思われる。
「五百重娘」は、「県犬養三千代」(鎌足の子、「藤原不比等」の賢妻).とともに、史上、私が最も好きな女性である。


◆◆.万葉歌碑
①秋山の木の下隠り 行く水の我れこそ増さめ 思ほすよりは。(鏡王女王→天智天皇)
・歌意:
秋山の木々の下を隠れ流れる川の水かさが増してゆくように、私の思いの方がまさっているでしょう。あなたが私を思って下さるよりは。




②明日香川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも。 (作者未詳)
・歌意:
明日香川を明日も渡って逢いに来ますからね~。私の心は石橋のように飛び飛びじゃなくて、いつも貴女のことを思ってい ますよ~。
・感想:
飛鳥奈良時代は、夫が妻のもとに通う「妻問婚」が一般的であった。
夫も妻も、「うっかり、ぼんやり」していると、夫が妻のもとに通わなくなる・通ってきた夫を妻が拒否する・妻が夫以外の男を受け入れる一妻多夫、も「あり」なので、
双方、適度の努力と緊張感を強いられるため、「マンネリ」に陥ることは少なかった、かも(笑)。
また、妻の心を繋ぎ止めるためには、「いちいち口に出さなくても分かるだろう。」(笑)、などと手抜きをすることは許されず、
夫は、妻に、絶えず「愛してるよ~。また明日も来るからね~。」と、はっきりと伝える必要があった。
そういう時代背景が念頭にあると、歌意が一層身近に、というか、切実に理解できるような気がする。アセアセ( ̄_ ̄ i)タラー

③我が里に、大雪降れり 大原の 古りにし里に 降らまくはのち。(天武天皇→五百重娘)
④我が岡の おかみに言いて 降らしめし 雪の砕けし そこの散りけむ。(五百重娘→天武天皇)

⑤采女の袖吹き返す明日香風 都を遠みいたずらに吹く。(志貴皇子)
・歌意:動画http://www.youtube.com/watch?v=EU3FuEBs_7A

・式辞:駐日フランス大使、外務大臣(課長代読)、姉妹都市ブレスト市副市長。

・ゲスト:小栗家末裔、米軍横須賀基地司令官他海軍士官数名、海上自衛隊横須賀基地司令官他士官数名、横須賀警察署長、国県市議会議員、小栗上野介顕彰会会長、小栗上野介墓がある高崎市倉渕在の「東善寺住職」など、約50名。

・一般参加者、約100名。(ほぼ全員、背広にネクタイ)。

・海上自衛隊横須賀音楽隊と高崎市立倉渕中学校音楽部12名の合同演奏【曲:小栗のまなざし】。

・司会進行係は3人:日本語・仏語・英語。

◆若かりし時、
犬養孝の「万葉の旅」を読み、
「いつか、この歌が詠まれた地点に立ち、
人麻呂と同じ景色を見たい」と思っていたが、
今年、ようやく実現することができた。

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◆東の 野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ (巻1-48)

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・この歌は、692年初冬(持統6年)陰暦11月17日午前6時前後、
軽皇子(のちの文武天皇)が亡父草壁皇子を追慕し宇陀の安騎野に狩りをされた時
宮廷歌人 柿本人麻呂が詠んだとされている。

◆「万葉の旅」の「東の」の頁にある写真を撮った地点に立つ」のが今回の旅の目的である◆

・近鉄線榛原駅で下車しバスで約40分、宇陀市大宇陀の「安騎野・人麻呂公園」に行く。
・人麻呂の像が建っているが、平地のため眺望が良くない。
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・人麻呂の視線を追うと「真東」を見ているが、「あの写真の景色」らしきものはない。

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・陰暦11月なら日の出はもっと南のはずと思い南東を注視するも、見えず。



・たまたま、犬の散歩で通りかかった娘さんに訊いた。
 「この写真の景色は、どこに行けば見えますか?」。

・さすがは地元の娘さん、澱みなく即答!
「この公園は数年前に新しく作られたものですから、ここからは見えません。
北200mの「かぎろひの丘万葉公園」に行けば、
写真と同じ景色が見えるかもしれません」。

・「かぎろひの丘万葉公園」は小高くて、
眺望もよく「いかにも」という感じがする。

「目的地は近い!」

・高鳴る胸の動悸を抑えつつ、案内板の上に磁石を置き、「南東」に目を凝らす。


・・・・・、

「あった~!」
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・遠くに見える山並は「万葉の旅」で見た写真と同じだった。
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・私も「写真」を撮り、今回の旅の目的を終えた。

親戚の者に誘われて信州の史跡を観てきました。

*中山道 和田宿本陣
*安良居神社(木曽義仲史跡)
*矢沢城跡
*上田城跡公園

*水車
*真田幸村銅像
*真田太平記記念館(池波正太郎)
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*松籟亭
*荒砥城跡

*森将軍塚古墳
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*佐久間象山 砲術試射地
*雨宮の渡し
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*上杉謙信槍尻の泉
*妻女山
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*海津城(松代城)

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*松代象山地下壕
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*象山神社

3日間合計:25,269歩

◆◆南海の楽園53島巡り②宮古列島編(1/201/26


昨年、

官兵衛さんに同行して頂いて「東海道五十三次」をし、

江戸から53番目の大津の宿場からの京都に入ったとき、

私の頭に浮かんだのはその次の企画、「南海の楽園53島巡り」

でした。


私自身は、

今まで20の南海の島々を巡っていましたので、

今回の宮古列島の旅は2126島目すが、

官兵衛さんに同行頂いた島巡りとしては、

前回の「南海の楽園53島巡り①八重山列島編」に続いて2回目となります。


そういう訳で今回も官兵衛さんのページにこの前文を載せさせて頂きました。

(以上koganeid


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◆宮古の島々:
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・宮古島:永住したい島

    どこまでも続く南国情緒豊かなサトウキビ畑


・池間島:
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・大神島:大神島の神秘的な海岸
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・来間島:静かな白い砂浜とコバルトブルーの海に透けるサンゴ礁
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・伊良部島
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・下地島:宮古一番の美景
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・「久松五勇士」の碑
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◆美食:
・ヤシガニ:予想どおりワイルドで美味!
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・宮古牛:軟らかく美味しい!
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・「ソーキそば」とデザート(さとうきびアイス)
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・目の前でしぼってくれるサトウキビジュース:150円

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・アグー豚・泡盛の古酒・日本最南端の宮古産日本酒「黎明」


◆宮古美人:

Y塩工場売店の明るい笑顔の店員
  土産品購入額:
   官兵衛=1300
koganeidさん=2400円  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!


・宮古ー那覇間のJTACA
   官兵衛=窓側
koganeidさん=通路側  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!


(以上は、Koganeidさんと官兵衛の合作)
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あとがき:

・旅企画の達人 親友koganeidさんとの旅は、いつも最高に楽しい!


                         官兵衛




◆◆
上州の旅:最終日「後閑城」(27931歩)



後閑城について

築城:1441年。依田忠政

住所:群馬県安中市中後閑(信越本線:磯部駅)

目標地点:後閑小学校・後閑城址公園

形式:山城  

比高:60m

現況:史跡公園





後閑城 所感

・曇天だったこと、終始蚊に狙われたこと、最終日の気の緩み、などのため、いまいち気合いが入らず、

・いつものように各郭を微細に観たり、撮影ポイントを選んだりすることなく、主コースをスタスタと歩いたので、印象の薄い城巡りとなってしまいました。


・目標:信越本線、磯部駅北約4km。
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・磯部駅を出発
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・登城開始
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・縄張り
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・西駐車場

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・1郭入口
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・1郭
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・1郭からの眺望
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・2郭「疑似物見台」
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・南郭
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◆◆上州の旅:五日目「小栗上野介 終焉の地」



◆小栗上野介について

・江戸末期の幕臣、2700石。外国奉行、勘定奉行、南町奉行 海軍奉行並 、陸軍奉行並、横須賀製鉄所 の建設
・万延
元年(1860 日米修好通商条約 批准のため渡米し、地球を一周 して帰国した。

徳川慶喜 の恭順に反対し、慶応 4年(1868年)に罷免 され領地の上野国 権田村に隠遁。

・同年閏4月、薩長軍により斬首 [4]

大隈重信 は「明治政府の近代化政策は、小栗忠順の模倣にすぎない」と語った。
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◆旧上野国 権田村
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「顕彰慰霊碑」
・小栗上野介忠順終焉の地
>慶応4年閏4月5日、上野介と家臣3人は捕縛され何の取り調べもなく、翌日水沼河原において斬首された。上野介42歳。

終焉の地には、 「偉人,小栗上野介罪なくして此処に斬らる」と刻まれた碑(顕彰慰霊碑)が、昭和7年地元の有志等によって建てられた。<

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◆観音山「小栗上野介屋敷跡」

観音山小栗邸跡は、坂道を500m位、登ったところにあった。

・凡そ200坪?  草茫々。 藪蚊に囲まれ、「蚊柱」状態になった。

・江戸は勿論、高崎からも遠く離れた僻地で、戦乱に巻き込まれるとは、何たる不運!

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◆小栗上野の寺:「東善寺」
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・寺内には、上野介所縁の珍しい品が、いっぱい。

・境内に、上野介の像、墓。
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・上野介と養子又一本墓は、裏山の坂道を100m位登った所にあった。
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◆◆熊谷次郎直実と権太栗毛

古来、上野国・権田村は名馬の産地として有名で、「権田栗毛」と呼ばれた。

熊谷直実の愛馬「権田栗毛」も直実と共に戦場を駆け回り数々の功を上げた。


・倉渕伝説:「権太栗毛」

http://blog.goo.ne.jp/gooyamachuu/e/2e082027fe24befab926d0e08f52db66


◆◆上州の人々:

と、ある店で商品を見ていたら、お店のおばさんが、

「よろしかったら、お茶でもいかがですか?」と。

「よろしいのですか? いただきます。」と云ったら、

冷たい麦茶に、美味しい沢庵、おツマミも。


ご馳走様でした!
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◆◆四日目(9/17):40951



◆足裏トラブル
・キズ痕が赤黒いものの、痛みは全くナシ!

・ヤッター!

・温泉効果か?



◆「上州中山道7宿めぐり」③
(磯部駅~松井田宿~坂本宿。15km)。

・高崎駅から電車で磯部駅へ。

9.00、磯部駅前で受付。
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・中山道①


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・中山道②
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・中山道③:給水ポイント
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・中山道④:碓井神社
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・中山道⑤:碓井関所跡
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・中山道⑥:坂本宿
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・中山道⑦
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・本日のゴール:坂本宿(峠の湯)
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・参加賞(1
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・参加賞(2)抽選:「一等賞当たり!」
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◆「上州中山道活性化実行委員会」の皆さま
・おかげさまで、楽しく歩かせていただきました。
・ありがとうございました。


(^o^)







◆◆「番外編:足裏トラブル」



◆トラブル箇所と現状:「完治しました」。

(見苦しいものを、ごめんなさ~い)(笑)
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◆当時の症状:血が固まって、赤黒くなっていた。

◆対策:考えられる対策を色々と試みたが、効果ナシ!

・棄権を覚悟したが、途中、100均で買った写真の絆創膏を2枚重ねて貼ったら、痛みが半減。完歩できました。(^o^)
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◆◆「上州の旅」三日目(9/16):50252



◆足裏トラブル

・右足裏のキズが化膿したのか、歩くと、時々「ズキッ」と痛い。

・しかも、時々「ズッキーン!」と、目から火花が出る時もある。

・今日の「中山道7宿めぐり」のコースは、19kmと3日間中最も長い。
・「参加するか、辞退するか。さて、いかがすべきか?」

・男は、決断に際し、自他共に納得せしめる根拠を必要とする。

・判断に迷ったら、実態を調査し、数値で表す。

・ホテルの部屋の中を、100歩。結果は以下のとおり。
・左足裏:50歩につき、痛み=0回。
・右足裏:50歩につき、ズキッ=10回。ズッキーン=2回。

*痛みの実態・不快の確率=12%。

       ・愉快の確率=88%。    

       ・8812

*結論:「参加すべし!」


◆高崎城祉散策

・ホテルで市内地図をいただき、7.30、出発。

・徳川四天王の一人、「井伊直政」が築城しただけあって、
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・長大な堀と土塁!
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・遺構:「乾櫓」
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◆頼政神社

・「周辺案内図」の左端に「頼政神社」発見!
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・「頼政」といえば、もしかして、摂津源氏「源三位頼政?」。
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「のぼるべきたよりなき身は木の下に 椎(四位)をひろひて世をわたるかな」(頼政)

・以仁王を奉じて平家打倒のため決起したが宇治川の戦いに敗れ自刃。
・何故、高崎に「頼政神社が?


・掲示板を見て納得。
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・頼政の子孫、松平輝貞が高崎城主の時、建立した。
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・頼政神社は、烏川河畔にある要害の地。高崎白衣大観音が遠望できた。
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◆◆「上州中山道7宿めぐり」②
(高崎宿~板鼻宿~安中宿~磯部駅。19km)。



◆中山道ウオーク

9.15、高崎駅前で受付。本日の参加者:700人。
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・中山道①
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・中山道②:安中の杉並木
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・給水ポイント:45kmおきにあり、冷たい麦茶、塩飴、梅干し、カキ氷、梨、が振舞われる。
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・本日のゴール:磯部駅
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◆◆足裏トラブルの経過

私にとっては忘れ難い貴重な経験であったが、本筋から外れるため、興味ない人、参考にする人もおられるかも?、などを考え、別途ブログ「番外編:足裏トラブル」を設け、一括して記載することにします。

足(あし)からず(笑)。