メモリー①
平和な暮らし。
そんな言葉がぴったりだった。
集落から外れた山奥での、
私とお姉ちゃんの2人きりの生活。
質素っていうよりはその日暮らし
みたいなもんだったけどね。
魔女は集落に住まわせて
もらえなかったし。
捕まえた動物を
売るために集落を訪れると、
周りの人たちによく睨まれてたっけ。
他人から後ろ指を刺されても、
罵倒されてもへっちゃら。
だって私にはお姉ちゃんがいるから。
優しくて、きれいで、
たまーに叱ってくる、
お母さんみたいなお姉ちゃん。
唯一の家族。
お姉ちゃんがいれば、
私はそれでいい。
それだけで、良かったのに……。
メモリー②
雪山に、銃声が一発響き渡る。
鳥たちが一斉に
飛び去っていくのを見て、
不安が湧き上がってきた。
まさか、そんなはずない。
そう言い聞かせながら、
待ち合わせ場所へ急ぐ。
お姉ちゃんはいた。
お腹を血に染めた状態で。
向かいには、氷よりも冷たい
目をした女が銃を携えて――
頭が真っ白になった。
それでも必死に体を動かして、
お姉ちゃんを守るようにあいつの前に立つ。
でもお姉ちゃんは、
穏やかな目と掠れた声で
私だけは見逃すように懇願し始めた。
やめてよ、そんなこと言わないでよ!
お姉さんが死ぬなら、私も……!
「――」
最後にお姉ちゃんが
伝えた言葉の代わりに、
銃声が耳にこびりついてる。
メモリー③
殺してやる。
お姉ちゃんを殺したあいつは、
絶対に殺してやる……!
あの日から私は、
復讐に必要ないものを削ぎ落とした。
木の根、虫、腐りかけた肉、
何でも口にした。
路銀の節約にもなるし、
食事を楽しむ余裕はない。
睡眠は必要だけど、
優しい夢はいらない。
安らぎなんて、
何の役にも立たないし。
感覚と神経を研ぎ澄ませていたある日、
「呪いを消し、魔女を救う領主がいる」
って噂を聞いた。
すぐにピンときたよ。
あいつは魔女を狩るから、
魔女が集まる場所に行くはずだって。
ふふ、はは…あははは!
あー、すっごく久しぶりに笑ったなぁ!
待ってて、お姉ちゃん。
私、絶対に仇を討つから。
メモリー④
フラン領の空気は、
お姉ちゃんと暮らしてた
小屋のそれに似てる。
無性に泣きたくなるのはそのせい
でもまだだめ。
涙は、全部終わってから。
――今は集中するんだ。
やっと現れたあいつを、殺すことに!
あはは!
本当にここに来るなんて、
読みが当たってよかった!
やっと、お姉ちゃんの仇を取れる!!
一撃で殺すつもりだった。
あいつの、目を見るまでは。
全部受け入れる。そんな目をしていた。
まるで、死ぬことを望んでいるみたいに。
そんなの許せるはずない。
あいつは、もっと苦しむべきなのに……!
望むものを与えるもんか。
お姉ちゃんと同じ目で……
死なせるもんか……!
メモリー⑤
呪いの獣と戦っている時、
私は、あいつに気を取られて
深い傷を負った。
血が止まらない傷口を、
あいつが抑えてる
殺す相手に助けてもらうなんて……
あいつを睨みつけると、
目が以前と違うことに気づいた。
何かに抗うような、
まだ死ねないって目をしてる……。
ああ、今だ。
こいつを、殺すのは。
……あれ、おかしいな。
体に力が入らないし、
頭もぼんやりする。
血がたくさん出ちゃったからなぁ……
お姉ちゃんが今の私を見たら、
怒るだろうなぁ……
あいつの目が変わらないうちに、
殺さないと……
あいつが、何かをずーっと
繰り返し言ってる。
前に、同じ言葉を聞いた気がする……
どこだったっけ……?
メモリー⑥
生きててよかった。
意識を戻した私に、
あいつがそう零した。
死を受け入れる目、優しい声色。
その言葉が引き金となって、
お姉ちゃんが死んだ時の景色が蘇る。
初めて、銃声よりも鮮明に
お姉ちゃんの言葉が聞こえた。
ああ、思い出した。
お姉ちゃんが私に言ったのは……!
なんで今、思い出すんだ!
よりによって、なんでこいつに
お姉ちゃんが重なるんだよ!
あんたは非情な殺し屋だろう!?
あんたが悪いやつでいてくれなかったら、
私は何を恨めばいいんだ。
そう叫んだら、
申し訳なさそうに目を伏せてさぁ……
馬鹿かよ。
私はどうしたらいい……?
どうすれば復讐できるの、
お姉ちゃん……!
メモリー⑦
あいつの話を聞いて、
事情はだいたい分かった。
けど、それがお姉ちゃんを
殺す免罪符にはならない。
私を助ける選択ができたなら
お姉ちゃんだって……っ!
……あいつが根からの悪人だったら、
こんなに苦しむことはなかったのに。
決意は変わらない。
あいつは殺す。
でも今じゃない。
あいつが、かけがえのないものを見つけて、
毎日が愛しくなった時……。
その時に殺す。
それまで私が絶対に死なせない。
今はまだ、殺さない。
だからそれまで、「生きて」。
それが私とお姉ちゃんが
あいつに与える復讐。
泣きたくなるほど、優しい呪いだ――