メモリー①
雪を溶かしながら、
鮮血が広がっていく。
コートを着込んだままの
祖父の死体は、
まだ温かった。
やせ細った背中からは、
数秒前に穿たれた弾痕が
白い煙を上げている。
――さあ来てもらいますよ。
異端審問官が私に告げる。
振り返れば、
刃を突きつけられた妹が、
絶望に染まった顔で
こちらを見ていた。
もう、道は一つしかない。
……お願いです、妹だけは。
感情を殺してそれだけ伝えると、
役人は答えの代わりに
空虚な笑みを浮かべた。
メモリー②
私達は、
雪山の奥地で
ひっそりと暮らしていた。
魔女の力を得た私や妹にとって、
人のいない山奥は
うってつけの隠れ場所だった。
狩人としての生き方は、
祖父と自然から教わった。
生きるためには、
他の命を犠牲に
しなければならない。
例えそれが罪なき者だとしても。
リストに乗った、六人の魔女――
それが、妹の命と引き換えの犠牲。
彼女たちを葬れば、
妹は帰ってくる。
彼らはそう言っていた。
メモリー③
妹から、手紙が届いた。
タイプライターの
無味乾燥なインクが、
ひどく短い文面を綴っている。
元気だ、心配はない。
概ねそんな内容。
いつも通り、これで5通目。
一人殺すごとに送られてくる。
あれから一度も
合わせてもらってはいない。
それでも、
今の私にはこれが
唯一の希望だった。
ひどく惨めだ。
だけど、
どんなにか細い糸でも……
そこに垂らされているなら、
縋るしかなかった。
最後の一人。
私はいつものように狙い、
撃ち抜いた。
そして、
確実に止めを刺すために
近づいていく。
そこに立ちはかる、震える足。
涙を浮かべた瞳。
標的を守るようにして現れたのは、
もう一人の少女だった。
メモリー④
「お姉ちゃんに……
ひどいことしないで……!」
悲痛な叫びを聞いて、
傷だらけの魔女が
必死に体を起こそうとする。
「だめ……逃げて……」
掠れた声。
きっと、彼女はもう助からない。
動かない体のまま、
魔女が私に懇願の眼を向ける。
「どうか、お願いです。
妹だけは……」
――っ。
嫌でも、
その姿に私は自分を重ねた。
……私がしていることは、
奴らと同じだ。
だけど……私には、
これしか道がないんだ。
妹を守るには、これしか。
――私は引き金を絞った。
魔女の頭ががくりと揺れて、
糸が切れたように動かなくなる。
死体を前に、
少女が呆然と呼びかけた。
「おねえちゃん」
私は逃げ出した。
もう、耐えられなかった。
メモリー⑤
合流地点の森の中。
積雪を踏みしめた
私を待っていたのは、
銃声だった。
壁を穿つ、
魔力を帯びた弾丸。
相手は魔女だ。
「ご苦労だったな。
だが、もう十分だ」
どこかに隠れているのか、
審問官の声も聞こえてくる
その瞬間、全てを察した。
私は用済みなのだ。
つまり――妹は、もう。
いや、きっと、とっくに。
これがっ、これが終わればっ、
妹を返してくれるって……
ああ、私は……
私は、なんて……っ!
そこからの――
記憶は思い出したくもない。
逃げていく審問官の足を打ち抜いて、
命乞いする頭に何発も銃弾を
打ち込んだことだけは確かだ。
正気に返った時、
私の目の前には銃を持った
魔女が横たわっていた。
気を失ってはいるが傷は浅く、
息もしている――よかった。
――もうこれ以上、
魔女は殺したくなかったから。
メモリー⑥
雪を溶かしながら、
鮮血が広がっていく――
私の血が。
私は朦朧とする意識の中で、
倒れたままの魔女に
手当てを施した。
彼女の懐から、
命令書と「母」からだという
簡素な内容の手紙が見つかった。
やはり利用されていたのだ。
私と同じように。
……だとしたら、
この子の大事な人もきっと、
もう。
命令書によると、
彼女が私の次に狙う予定だった
標的は魔女ではなかった。
標的はフラン領の領主――
魔女を助け、
彼女たちと共に教会と
戦っている人物らしい。
――そうか。
まだ私にはできることがある。
やるべきことが。
教会の異端審問官たち――
私を騙した、あいつらを。
祖父を、妹を殺した、
あいつらを――
一人残らず、狩ってやる。
薄れかけた意識を
怒りで保ちながら、
私は森の奥へと
一歩ずつ進んでいく。
足跡は、
振り始めた雪に
搔き消えていった。
メモリー⑦
……領主館で、
あの子を見つけた。
私が最後に殺した魔女の、
その妹。
いつここに
たどり着いたのかは知らない。
だけど、
私を探してここに来た
と言っていたらしい。
あの子が望むなら、
甘んじて命を差し出すつもり。
でも……それまでは。
私が守らなきゃ。
あの子が全てを
終わらせる時まで……私が。
きっと、神様なんていない。
だけど……
もしも誰かが見ていてくれるなら。
どうか、あの子を守ってください。
妹を助けられなかった私に、
せめて……
あの子だけは、助けさせて。
身勝手だって知ってる。
こんなこと、
きっとあの子も望んでない……
だけど……それでも。
……お願い。