その歴 | 青面獣楊志のオタク病が治るまで

その歴

『日本が国際連合に加盟した日』

日本の外交官、重光葵(まもる)

重光は、武力制圧以外の方法でアジアをまとめる事が日本が諸外国と対等な立場に立てる唯一の手と外交に努めた

しかし、満州事変が起き日本は孤立の度合いを強める

そんな時、重光は上海事変の停戦協定の際、爆発テロにより右足失ってしまう


時代は加速した


日本は国際連盟を脱退し、国際社会から孤立した

その当時の国連はアジアからは四か国しか参加しておらず欧米諸国の為の組織でしかなく

日本のアジア進出は非難され、欧米諸国のアジア・アフリカ進出は容認されるという日本には納得のいかない組織であったのだ


日本は大東亞会議を開き、アジア各国首脳に団結を呼び掛けるが、日本の影響力の強い諸国しか呼ばず、他国の意見を聞かないというやっている事は欧米諸国と同じというものであった


アジア外交の失敗は日本には致命的であった

もはや味方は盟友ドイツとお荷物イタリアだけになってしまった


日本は負けた


終戦後、サンフランシスコ講和条約を交わし、アメリカとの国交を回復した日本は国際連合加盟に動く


しかし、時は冷戦時代

ソ連の拒否権により4度も加盟を逃す

重光は、政治家生命を賭し、北方領土問題を棚上げする事でソ連と国交を回復し、国連加盟を果たす事となる



結論
この当時の日本の正解はアジアじゃなくてソ連とアメリカのコウモリすることだったんじゃね?


ていうか、拒否権ウザくね?いらなくね?