安心kingのブログ -17ページ目

安心kingのブログ

少し前に比べるとずいぶん人生が変わってきました。

幸せに心穏やかな時間が増えてきています。

心の奥底にある自分に出会うために、あるものをここに表現するという形で掘り出していってみたいと思います。

どうぞよろしくおねがいします。

やさしくないぼくが
もっている

やさしくないたねが

まるでせぼねのようにつらなって

どこまでかつづいているのを
みえたきがした。

それらはわたし

いまのぼく

そんなふうにしんじてきた

でもそれは

だれかのいきがしみるから

だれかのいきがくろくかたまった

いたみのたね

くろいここであるくために

できあがった

くろいせぼね

くろいつみき

いちばんしたをとってみたら

きっとくずれてしまうだろう

いいんだ

ぼくだとしんじていたぼくを

みていたわたしがぼくだったのだから

くろいせぼねのようにつらなるそれは

ひかりをさがしていた

ひかりはどこだろう

それをみていたわたしのぬくもり

そっとふれて

あたためる

さいしょはおこって

だんだんとほっとする

いまはまだおこってる



昨日、友人とゲームをしていたんです。


そのとき友人が何度も何度もこう言うんです。

「いいなぁ、俺なんか○●だぜ~~~」


で、私はなんかいやな気分になってこう言うんです。

「全然そんなことないよ、だって××だもん」


これを何回やったことか(笑)


感情の波も揺れてるし、違和感がとてもあったから、

目を閉じて内観してみました。


言葉にならない感覚が渦巻いていました。


とにかく、やめよう、と思いました。



家に帰ってきてから、ボ~~っと考えていました。


あれはなんなのか、


私は無意識に何をしているのか。


今までずっとなにをしてきたのか。



被害者という役割の奪い合い・・・


罪悪感の投げ合い。つまりコントロール




もしかしたら

「私のほうがあなたより苦労しているぞ」

というやり取りかもしれません。



苦労している人のほうが偉い。


という常識が、そんなどうでもよい場にすら侵食しているということなのでしょうか。



こんな、こんなことにすら。



私はまだ、苦労好きということか。


わかりました。認めます。(笑)




受け入れて、みようかな。



そして「誰が一番苦労しているかオリンピック」の参加資格を

感謝して、そっと手放そうと思います。





もうしばらく帰っていない実家の、居間の壁の上のほうに掛けてある時計がありました。

お父さんとお母さんが結婚した時に、家にやってきた時計なのです。

私が生まれたときから、そこにあり、私が数字をを指差し覚えたのもこの時計でした。

母が言います。

「あれが 【いち】、あれが 【に】 っていうんだよ」


私が育っていくとき、母と父と、この時計が、たくさんのことを教えてくれていたようです。


この時計で、数字を学び。
この時計で、時を学び。
この時計で、順番があるとこを学び、

きっと当たり前過ぎて気が付いていないことも、この時計で学んでいたように感じます。

産まれて純粋で、まだフワフワしていた私が、世界にグラウンディングするキーがここにあるのかなと思いました。


少し変なことを思い出しました。

幼い私が、夜、夢を見ていました。
それは怖い夢だったと思います。

場面はクライマックス。     さあ、どうする!?

すると私は昼間に父から聞いたことを思い出しました。
「怖い夢を見た時は、ギュッと目をつむるんだよ。力一杯、目をつむるんだ。そしたら夢から覚めるよ。」

あ、そっか、これは怖い夢なんだ!
気づいた私は、急いで目を強く閉じました。

ギュ~~~~ッ

灰色の世界が、溶けていき、

次の瞬間、虹のような鮮やかな色たちが、よみがえってきたのです。

たくさんのたくさんの花たちが一気に咲いたように。

本当に綺麗でした。

まるで初めて世界に生まれたように。


そして世界は落ち着きを取り戻すように、輪郭が生まれていきます。

少しずつ形が生まれて、私は世界にもどってくるかのよう。

気温が下がるような感覚。

フッと気づきます。
肌が先か、空気が先かわかりませんが、私は少し寒いということを思い出すのでした。

少しずつハッキリとしてきた世界で、最初に見えたモノ。

それがあの時計でした。

「あ、私は戻ってきたんだ。」 

お父さんとお母さんがいる世界に戻ってきたんだ。

そう感じてホッと安心しました。


天井のもう少し上から時計と部屋を見下ろしながら、私は馴染みあるココに降りて行きました。


着いた


目がパチッと開きました。

私は時計のある居間ではなくて、ちゃんと寝室の布団で寝ていました。



こうして思い出してみると、思うのです。

あの時計がある風景は、私にとっての原風景であり

世界との接点でもあり

グラウンディングの鍵でもあったのかもしれないと。

いや、もしかしたら、いまでもそうなのかもしれません。


今も、目をつむって、あの時計を思い浮かべてみる。

すると、やっぱり思い出します。


落ち着き

ここが私の生きる場所

そして帰る故郷。





あの時計は、いまはもうありません。

30年、私たちとともに生きて、

いま、私の実家には、新しい時計が掛けられています。





私の心のなかに、これからも ずっと・・・。




『時計』