もうしばらく帰っていない実家の、居間の壁の上のほうに掛けてある時計がありました。
お父さんとお母さんが結婚した時に、家にやってきた時計なのです。
私が生まれたときから、そこにあり、私が数字をを指差し覚えたのもこの時計でした。
母が言います。
「あれが 【いち】、あれが 【に】 っていうんだよ」
私が育っていくとき、母と父と、この時計が、たくさんのことを教えてくれていたようです。
この時計で、数字を学び。
この時計で、時を学び。
この時計で、順番があるとこを学び、
きっと当たり前過ぎて気が付いていないことも、この時計で学んでいたように感じます。
産まれて純粋で、まだフワフワしていた私が、世界にグラウンディングするキーがここにあるのかなと思いました。
少し変なことを思い出しました。
幼い私が、夜、夢を見ていました。
それは怖い夢だったと思います。
場面はクライマックス。 さあ、どうする!?
すると私は昼間に父から聞いたことを思い出しました。
「怖い夢を見た時は、ギュッと目をつむるんだよ。力一杯、目をつむるんだ。そしたら夢から覚めるよ。」
あ、そっか、これは怖い夢なんだ!
気づいた私は、急いで目を強く閉じました。
ギュ~~~~ッ
灰色の世界が、溶けていき、
次の瞬間、虹のような鮮やかな色たちが、よみがえってきたのです。
たくさんのたくさんの花たちが一気に咲いたように。
本当に綺麗でした。
まるで初めて世界に生まれたように。
そして世界は落ち着きを取り戻すように、輪郭が生まれていきます。
少しずつ形が生まれて、私は世界にもどってくるかのよう。
気温が下がるような感覚。
フッと気づきます。
肌が先か、空気が先かわかりませんが、私は少し寒いということを思い出すのでした。
少しずつハッキリとしてきた世界で、最初に見えたモノ。
それがあの時計でした。
「あ、私は戻ってきたんだ。」
お父さんとお母さんがいる世界に戻ってきたんだ。
そう感じてホッと安心しました。
天井のもう少し上から時計と部屋を見下ろしながら、私は馴染みあるココに降りて行きました。
着いた
目がパチッと開きました。
私は時計のある居間ではなくて、ちゃんと寝室の布団で寝ていました。
こうして思い出してみると、思うのです。
あの時計がある風景は、私にとっての原風景であり
世界との接点でもあり
グラウンディングの鍵でもあったのかもしれないと。
いや、もしかしたら、いまでもそうなのかもしれません。
今も、目をつむって、あの時計を思い浮かべてみる。
すると、やっぱり思い出します。
落ち着き
ここが私の生きる場所
そして帰る故郷。
あの時計は、いまはもうありません。
30年、私たちとともに生きて、
いま、私の実家には、新しい時計が掛けられています。
私の心のなかに、これからも ずっと・・・。
『時計』