苦労しているほうが偉い、という私の中の常識がどんな人生を形作っているのか | 安心kingのブログ

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少し前に比べるとずいぶん人生が変わってきました。

幸せに心穏やかな時間が増えてきています。

心の奥底にある自分に出会うために、あるものをここに表現するという形で掘り出していってみたいと思います。

どうぞよろしくおねがいします。

昨日、友人とゲームをしていたんです。


そのとき友人が何度も何度もこう言うんです。

「いいなぁ、俺なんか○●だぜ~~~」


で、私はなんかいやな気分になってこう言うんです。

「全然そんなことないよ、だって××だもん」


これを何回やったことか(笑)


感情の波も揺れてるし、違和感がとてもあったから、

目を閉じて内観してみました。


言葉にならない感覚が渦巻いていました。


とにかく、やめよう、と思いました。



家に帰ってきてから、ボ~~っと考えていました。


あれはなんなのか、


私は無意識に何をしているのか。


今までずっとなにをしてきたのか。



被害者という役割の奪い合い・・・


罪悪感の投げ合い。つまりコントロール




もしかしたら

「私のほうがあなたより苦労しているぞ」

というやり取りかもしれません。



苦労している人のほうが偉い。


という常識が、そんなどうでもよい場にすら侵食しているということなのでしょうか。



こんな、こんなことにすら。



私はまだ、苦労好きということか。


わかりました。認めます。(笑)




受け入れて、みようかな。



そして「誰が一番苦労しているかオリンピック」の参加資格を

感謝して、そっと手放そうと思います。