UNQUALIFIED -9ページ目
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UNQUALIFIED

僕にはマイルールが多い。
気に喰わないものが多過ぎる。

勉強はしたくなかったから、とことんしなかった。
その責任は取らされたが、その対価を支払ったのは両親だった。


高校には四年行った。
留年が決まった後にその重みを知って病んだ。

そこで人徳そのままの徳永先生に救われた。
僕を卒業させるために、一つ年下の同級生たちが追試の面倒をみてくれた。


学力が中学以下から大学入試レベルに到達するまで三浪した。
理系のくせに河合塾の古文の先生に恋をした。

それがハイソフトを延べ百箱ほど買った時点で失恋した。
京大オープン偏差値74(古文のみ)だけが残った。


同志社大学には八年いた。
前半四年は音楽に明け暮れ、バンドを何個か潰した。

後半はドトールとソクハイ(バイク便)で暴走し、大いに学んだ。
にもかかわらず134/134(単位)で卒業するのにイッパイイッパイで就活をしなかった。


経験(?)を活かそうと地元の珈琲屋からバイク用品店までハローワーク経由で応募した。
履歴書の単純な不備から遍歴のあり得なさまで、あらゆる事由の相関か単純な不適格でことごとく落ちた。

これはもう僕には行き場がないと思った。
無資格でも他にできる仕事はないか探した。


寺子屋を悪くしたような安っぽい塾に研修に行った。
案の定ムチャクチャで、それが顔に出て追い出された。

するとネットカフェみたいなシステムの塾に拾われた。
ブースが仕切られていたから珍しくマイルールを適用できた。


追いコンで生徒アンケートか何かが発表されたのはよく聞こえなかった。
確か一位だったような気もするけど定かじゃないし空耳かも知れない。

いずれにせよキャリアアップの必要に迫られてネットカフェを出た。
そして大阪府の最大手の選考会に挑んだ。


そして落ちた。
学科試験だけはパスしたのが唯一の救いだった。

ただしいつものアンクオリファイド。
経験だけのモグリ。


いまは京都のベンチャーに通ってる。
社長はいい人そうだけど一寸先は闇。

正社員だろうと何だろうと、マイルールはたいがいアンクオリファイド。
That's why I titled this site "UNQUALIFIED".


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