こんばんは
いつも突然だけど、書く気になったので書きます
前回の記事は春2つ目のスタディツアーに旅立つ前日に、ほぼパッキングという現実からの逃避のために書かれたものでした
気付けば二ヶ月が経っています
ほらー、2013年ももう3分の一が終わってしまいました
今年最初に決めた目標『丁寧に生きる』はいつごろ達成されるのでしょうか
まあ目標を忘れていないだけいいことにして、
今日は春休み前半をざっくり振り返りたいと思います。
2月に10日間ほどネパールに行きました。
去年のスタディーツアーでもお世話になった先生に今年も面倒をみていただき、
AAEE(Asia Association of Education & Exchange)の学生交流プログラムに参加しました。
同じ大学の仲間4人とともに、めったにできないような体験をすることができました。
ネパールの第二の都市と呼ばれるポカラに住む学生とほぼ一緒に過ごしたのですが、
互いの国の踊りを覚えておどったり、ヒマラヤがきれいに見える村にホームステイをしたり、
ネパールのラジオに出演したり、学校を訪れて日本についてのプレゼンをしたり。
今考えると、毎日毎日朝早くから夜遅くまで、なんであんなに動きまわることができたのか不思議です。でもきっと、渦中にいるときはただただ楽しくて、新鮮で、良い意味で必死だったのでしょう。
ポカラの学生はどの子もみな優しくて、ユーモアがあって、英語が満足に話せない私たちに嫌な顔ひとつせず一緒に活動してくれました。
ほんっと、英語を自由に操っていてうらやましかったなあ。
向こうのラジオに出たときに、なんで君たちの英語はそんなにweakなんだい?
と言われてしまったのが悲しくて、英語にふれる度その言葉を思い出します。
実際、必要に迫られないとやらないのが人間なので、というか少なくとも私はそうなので、
なかなか英語の力を伸ばすのは難しいです。
でも「もっと知りたい!」って思ったときに英語が使えたら、自分が知りたいことを知れるんだもの。そう考えると、好奇心旺盛の私にはやっぱり重要な道具です。
6月に学校で学生対象の報告会をすることになっています。
行ってきた5人が伝えたいことはきっとそれぞれ違うので、おもしろいものになると思います。
国際協力という観点で、ほんとはもっと書きたいことがあるのだけど、それはまた今度。
って、4日前に書いたんだけど、よく思い出せない理由で最後まで書かなかったので、続きから。

ホームステイしたお家。朝起きたとき、ほんとに気持ちがよかったです
ネパールから帰ってきてからはまさに怒涛でした。
いつもわりと怒涛なんだけど、今回も激しかった。
帰国翌日にはバイトをして、その次の日から千葉から大切なお友達が来てくれました。
わざわざ新潟まで来てくれてほんとに嬉しかったです。
アパわくにも参加してもらって、近くのスーパー銭湯にも行って、いやーたのしかった。
彼女がいなかったら高校時代つらかったかもしれません。
いつも「元気ー?」っておたがい声かけ合ってがんばっていたねー。

そうだ、この日、散歩日和だった。
そして、そのあと一度千葉に帰り、また新潟に戻り、東京に行って京都に行きました。
もうなにがなんだかわからなかったけど、ただただ必死に日々をすごしていました。
何よりたのしかったから良いのでしょう。

そうそう、千葉で朝活をやってみたの。
4月の最初と最後にもやったのでぜんぶで3回になりました。
新潟のとは雰囲気が違ったりしておもしろいです。
京都は千葉にいる彼と行ってきました。
無事に浪人時代を終えたようでよかった。
この1年できっと私の想像もできないような努力をしたのでしょう。
頼れる人になりました。すごい。

人力おにいさん、今もがんばっているのかしら。
そんなこんなで、3月中旬まで休みなくぶっ飛ばしたのでした。
そして京都から帰ってきた翌日からもうひとつのスタディツアーに出かけたのです。
そのお話しはまた今度。
今でもインドのすべてが色濃く頭に残っています。
きっと死ぬまでにもう一度あのおかしな国に行くでしょう。
(´ω`*)
新しく始めたバイトは今まで経験したどのバイトよりもつらいです。
でも、自分がいきいきしているのがわかるので感謝しています。
いつも突然だけど、書く気になったので書きます
前回の記事は春2つ目のスタディツアーに旅立つ前日に、ほぼパッキングという現実からの逃避のために書かれたものでした
気付けば二ヶ月が経っています
ほらー、2013年ももう3分の一が終わってしまいました
今年最初に決めた目標『丁寧に生きる』はいつごろ達成されるのでしょうか
まあ目標を忘れていないだけいいことにして、
今日は春休み前半をざっくり振り返りたいと思います。
2月に10日間ほどネパールに行きました。
去年のスタディーツアーでもお世話になった先生に今年も面倒をみていただき、
AAEE(Asia Association of Education & Exchange)の学生交流プログラムに参加しました。
同じ大学の仲間4人とともに、めったにできないような体験をすることができました。
ネパールの第二の都市と呼ばれるポカラに住む学生とほぼ一緒に過ごしたのですが、
互いの国の踊りを覚えておどったり、ヒマラヤがきれいに見える村にホームステイをしたり、
ネパールのラジオに出演したり、学校を訪れて日本についてのプレゼンをしたり。
今考えると、毎日毎日朝早くから夜遅くまで、なんであんなに動きまわることができたのか不思議です。でもきっと、渦中にいるときはただただ楽しくて、新鮮で、良い意味で必死だったのでしょう。
ポカラの学生はどの子もみな優しくて、ユーモアがあって、英語が満足に話せない私たちに嫌な顔ひとつせず一緒に活動してくれました。
ほんっと、英語を自由に操っていてうらやましかったなあ。
向こうのラジオに出たときに、なんで君たちの英語はそんなにweakなんだい?
と言われてしまったのが悲しくて、英語にふれる度その言葉を思い出します。
実際、必要に迫られないとやらないのが人間なので、というか少なくとも私はそうなので、
なかなか英語の力を伸ばすのは難しいです。
でも「もっと知りたい!」って思ったときに英語が使えたら、自分が知りたいことを知れるんだもの。そう考えると、好奇心旺盛の私にはやっぱり重要な道具です。
6月に学校で学生対象の報告会をすることになっています。
行ってきた5人が伝えたいことはきっとそれぞれ違うので、おもしろいものになると思います。
国際協力という観点で、ほんとはもっと書きたいことがあるのだけど、それはまた今度。
って、4日前に書いたんだけど、よく思い出せない理由で最後まで書かなかったので、続きから。

ホームステイしたお家。朝起きたとき、ほんとに気持ちがよかったです
ネパールから帰ってきてからはまさに怒涛でした。
いつもわりと怒涛なんだけど、今回も激しかった。
帰国翌日にはバイトをして、その次の日から千葉から大切なお友達が来てくれました。
わざわざ新潟まで来てくれてほんとに嬉しかったです。
アパわくにも参加してもらって、近くのスーパー銭湯にも行って、いやーたのしかった。
彼女がいなかったら高校時代つらかったかもしれません。
いつも「元気ー?」っておたがい声かけ合ってがんばっていたねー。

そうだ、この日、散歩日和だった。
そして、そのあと一度千葉に帰り、また新潟に戻り、東京に行って京都に行きました。
もうなにがなんだかわからなかったけど、ただただ必死に日々をすごしていました。
何よりたのしかったから良いのでしょう。

そうそう、千葉で朝活をやってみたの。
4月の最初と最後にもやったのでぜんぶで3回になりました。
新潟のとは雰囲気が違ったりしておもしろいです。
京都は千葉にいる彼と行ってきました。
無事に浪人時代を終えたようでよかった。
この1年できっと私の想像もできないような努力をしたのでしょう。
頼れる人になりました。すごい。

人力おにいさん、今もがんばっているのかしら。
そんなこんなで、3月中旬まで休みなくぶっ飛ばしたのでした。
そして京都から帰ってきた翌日からもうひとつのスタディツアーに出かけたのです。
そのお話しはまた今度。
今でもインドのすべてが色濃く頭に残っています。
きっと死ぬまでにもう一度あのおかしな国に行くでしょう。
(´ω`*)
新しく始めたバイトは今まで経験したどのバイトよりもつらいです。
でも、自分がいきいきしているのがわかるので感謝しています。