1 Jホラーの流行
1-1 Jホラーについて
1-1-1 Jホラー:明確な定義はないものの、日本従来の怪談映画、ホラー映画の制作と異なる時期、すなわち1990年以降に制作される作品群のことを指すという見方もある
←Jホラーの呼称は、1980年代日本のポピュラー音楽を指すJポップや1990年代設立されたJリーグ等の流れから呼ばれ始めたと考えられる
1-2 Jホラーの流行の背景
1-2-1 都市伝説の流行
→オカルトブームから続く、都市伝説の広がりは身近でありながら、ホラーに親近感を抱かせる
1-2-2 メディアにおけるホラーの展開
→『ほんとにあった怖い話』といったテレビでのホラードキュメンタリー風作品の増加でブームを牽引
1-2-3 ビデオテープ・インターネットの普及
→ビデオテープで作り出される呪いのビデオや、インターネットのフェイクホラードキュメンタリーが現代的な恐怖の表現方法の拡大につながる
1-3 Jホラーの火付け役
→『リング』(1998):鈴木光司の小説を原作とし、中田秀夫監督による貞子がテレビから這い出てくるという作風は日本だけでなく世界中を風靡した
1-3-1 内容:ある都市伝説から始まり、呪いのビデオを主人公自身がみてしまったことから周囲の人が危険にさらされることになったため、呪いを解くことに
1-3-2 配給収入:製作費自体の具体的な数字は不明であるものの約20円億越えヒットとなる
1-3-3 配給収入と興行収入
配給収入:興行収入から映画館の取り分を差し引いた、配給会社に入ってくる実際の収入額で、興行収入の約50%程度が配給収入として配分されるのが一般的
興行収入:映画館が観客から受け取るチケット売上の総額
1-3-4 配給収入と興行収入の転換背景
→1990年代後半まで日本の映像業界では配給収入が主要な指標として公表されていたが、産業構造が多様化・複雑化し、配給会社中心ではなく、より透明性の高い市場全体の指標として興行収入が求められるようになった
1-4 『リング』シリーズ作品類
1-4-1 日本オリジナル版
a 『リング』(1998)
b 『リング2』(1999):中田秀夫監督。あらすじは、前作の1週間後、井戸から貞子の遺体が発見されるが、解剖の結果彼女は30年間も井戸の中で生きていた事実が分かる。貞子の怨念は別の体に宿り、貞子の呪いに決着をつけようと試みる
c 『リング0 バースデイ』(2000):鶴田法男監督。第1作『リング』の30年前を描いた前日譚で、なぜ貞子が怪物のようになったのか、その悲劇的な過去が明かされる
1-4-2 ハリウッド版(世界的なリメイク版)
a 『ザ・リング』(2002):ゴア・ヴァ―ビンスキー監督
b 『ザ・リング2』(2005):中田秀夫監督
c 『ザ・リング/リバース』(2017):F・ハビエル・グティエレス監督
dハリウッド版では、日本オリジナル版を踏襲しつつ、アメリカの観客向けに再構築された
e三作品の世界興行収入計5億ドルを記録する大ヒットとなる
1-4-3 「貞子」シリーズ
→リング」シリーズは原作小説を基にした映画群に比べて「貞子」シリーズでは、「リング」に登場する怨霊「貞子」を中心にした別系統のスピンオフ
a 『貞子3D』(2012):英勉監督
b 『貞子3D2』(2013):英勉監督
c 『貞子』(2019):中田秀夫監督
d 『貞子DX』(2022):木村ひさし
1-5 Jホラー映画の世界的拡大
1-5-1 「リング」シリーズのヒットに続くJホラー映画類
a 『回路』(2001)
b 『呪怨』(2003)・『呪怨2』(2003)
c 『着信アリ』(2004)・『着信アリ2』(2005)
→その後も日本から続々とJホラーが生まれる
2 ホラーゲームの登場
2-1 ホラーゲームの概要
2-1-1 ホラーゲーム:ゲームのジャンルの1つで、主にプレイヤーに恐怖や不安感を与えることを目的としたゲームを指す
2-1-2 ホラーの種類:ホラー映画のホラージャンルと同じで、ゲーム作品によってホラージャンルは多様化しており、ゲーム特有のジャンルも登場する
2-1-3 ホラーゲームの遊び方:以前は、特定のゲーム機やパソコンでのみ遊ぶことが可能であったが、スマートフォン普及後、気軽にできるホラーゲームも増加
2-2 ホラーゲームの区分
→ホラーゲームの開発・制作体制による区分
←ゲームの主な開発者、資金源、頒布・販売場所の観点から区分される
2-2-1 商業ゲーム:大手企業や専門のゲーム開発・販売会社が、組織的な予算と人員を投じて制作・販売するゲーム作品
a 特徴:営利を目的とし、会社の中における多額の予算や開発スタッフが関わる
b 販売場所:主にPCゲーム向けのダウンロード販売プラットフォームと、コンシューマーゲーム(家庭用ゲーム機)向けの公式ストアや一般のオンラインストアがある
EX)steam(世界最大級のPCゲームプラットフォーム)、ニンテンドーeショップ(Nintendo Switch向けゲームソフト)、PlayStation Store(PlayStation向けゲームソフト)
c 作品例:『バイオハザード』シリーズ、『サイレントヒル』等
2-2-2 インディーゲーム:大手ゲーム会社から独立した個人や小規模チームが、低予算で開発・販売するゲームの総称
a 特徴:大企業の商業的制約を受けにくく、斬新なアイデアと実験的要素、個人の思想・体験が含まれる場合が多く、商業ゲームとは違い宣伝を大幅にできるわけではないため、話題性と意外性が必要となる
b 販売場所:steam、Epic Games Store(steamに次ぐPCゲームプラットフォーム)、itch.io(インディーゲームに特化したクリエイターフレンドリーなサイト)
←インディーゲームのほとんどが世界的な市場でありながら、低い参入障壁であるPCゲーム市場向けにリリースされる
c 作品例:『Phasmophobia』等
2-2-3 同人ゲーム:同好の士の集まりという意味を持つ同人により、個人や趣味のサークルが自主規制・頒布するゲームのことで、営利を目的とする商業ゲームとは異なり、作りたいものを作る趣味要素が強い
a 特徴:製作者のこだわりが強く反映されるニッチで多様なジャンル・テーマが多いことやコミックマーケットなどの即売会での頒布が原点であり、既存作品のパロディ等が含まれる(二次創作と呼ばれる)
→近年では、インディーゲームとほぼ同義で扱われる場面も増えている
b 販売場所:コミックマーケット、BOOTH(クリエイターが自身のショップを持ち、ダウンロード販売ができる国内最大級のサイト)、DLsite(同人ゲームの販売に特化)
c 作品例:『東方Project』、『ひぐらしのなく頃に』等
2-2-4 フリーゲーム:無料で公開されることを前提とし、利益を目的とせず、誰でも気軽にブラウザ上で遊ぶことが可能
a 特徴:収益よりも遊んでもらうこと自身の技術の向上といった側面が強い
b 配布場所:ふりーむ!(日本最大級のフリーゲーム投稿・ダウンロードサイト)、ノベルゲームコレクション(ノベルゲームに特化した投稿サイト)
c 作品例:『青鬼』、『ib』等
2-2-5 区分の曖昧化
→フリーゲームとして公開された作品が人気を博し、後に有料のインディーゲームとしてsteamなどで販売されるケースも一般的となってきている
2-2-6 フリーゲームからインディーゲームになった作品例
a 『ib』の場合:2012年に「RPG」ツクール200」で制作されたフリーゲームとして公開され、2022年4月11日に、グラフィックを一新し、新システムを追加したリメイク有料版がsteamで販売される
→その後、Nintendo SwitchやPlayStation4/5でもパッケージ版を含めて展開
b 『青鬼』の場合:2000年代後半にフリーゲームとして登場し、YouTube等の実況プレイを通じて伝説的な人気を博したため、2024年7月26日に、公式版がsteam及びNintendo Switchで販売される
→2025年には、完全新作の『禁足地-青鬼の窟-』や『青鬼 ブルーベリー温泉の怪異』が有料タイトルとしてリリースされる
2-3 ホラーゲームにおける主要なゲームシステム(恐怖のメカニズム)
2-3-1 サバイバルホラー:限られたリソース(弾薬や回復アイテム)を管理しながら、敵と戦い生存を目指す形式
• 特徴:絶望的な状況下での選択と集中がプレイヤーの緊張感を高める。単に敵を倒す爽快感ではなく、この一発を外せば死ぬというリソースの枯渇が恐怖の源泉となる
• 心理的効果:弾薬数や体力ゲージという数値化された不安が、プレイヤーの焦燥感を煽る
• 作品例:『バイオハザード』(弾薬管理)、『Dead Space』(部位破壊による戦略的恐怖)
2-3-3 探索型アドベンチャー・ノベル:物語の背景を読み解きながら、謎解きを通じて恐怖を体験する形式
• 特徴:直接的な視覚的恐怖(ジャンプスケア)だけでなく、遺された日記や手記から背景にある「嫌な真実」を徐々に知っていく精神的な恐怖に重きを置く
• 日本的特徴:古びた和室、遺書、土着信仰など、ドメスティックな記号を用いて生理的な忌避感を呼び起こす
• 作品例:『サイレントヒル』(内面的な罪悪感の具現化)、『Ib』(美術館という閉鎖空間での芸術的恐怖)
2-4 ホラーゲームの進化とJホラーの融合
2-4-1 日本独自のホラーゲームの確立
→1990年代後半のJホラーブームと並行し、日本特有の「湿り気のある恐怖」がゲームにも反映される。これは欧米のスプラッター(流血)に対し、音や気配で追い詰める静的な手法である
a 『零』シリーズ(2001~):射影機(カメラ)で幽霊を写して退治するという画期的なシステム
←幽霊を見たくないという本能に反し、倒すためには最も近くで凝視しなければならないというジレンマを設計。Jホラーの視覚的恐怖と親和性が極めて高い
b 『SIREN』シリーズ(2003~):視界ジャック(他者の視点を盗み見る)システム
←敵の視点から自分のキャラクターが隠れている場所を見られるという、客観化された恐怖。見られているという感覚をシステムに落とし込んだ傑作とされる
3 ゲーム実況とホラーコンテンツの変容
3-1 観るホラーとしてのホラーゲーム
3-1-1 YouTubeやニコニコ動画の台頭
→2010年代以降、ゲーム実況者がホラーゲームをプレイする動画が、若年層を中心に全世代で人気コンテンツとなる
←自ら操作する能動的恐怖を回避しつつ、実況者の反応を介して安全圏から恐怖を楽しむ受動的視聴層が市場の多数派を占めるようになる
3-1-2 恐怖の共有化とエンタメ化
→かつてホラーは暗い部屋に一人で体験するものであったが、SNSやライブ配信のコメント機能により、数万人で悲鳴を共有するバーチャルなお化け屋敷(アトラクション化)へと変容を遂げた
→この変化により、ホラーゲームは孤独な体験から社交的なコミュニケーションツールへと役割を広げた
3-2 実況者と開発者の相互作用
3-2-1 実況映えを意識したゲームデザインの深化
→配信者がリアクションを取りやすいジャンプスケア(急な大音量と画像)の配置や、視聴者がコメントで考察しやすい隠された設定(考察要素)の散布
←開発側も、実況者にプレイされることを低コストでありながら最大の広告宣伝と位置づけることで、サムネイル画像のインパクトを重視したキャラクターデザインを採用する傾向にある
3-2-2 インディーゲームにおける実況者を通じたバズる構造
→多額の広告費をかけられない個人開発者が、有名実況者のプレイを起点として数百万ダウンロードを記録する逆転現象が一般化
EX)『8番出口』(2023):異変を探し続けるという極めてシンプルなルールが、間違い探しという配信上のコミュニケーションと合致し、短期間で爆発的な模倣作品(8番ライク)を生む社会現象となった
4 現代ホラーの新たな形態:アナログホラーとバックルーム
4-1 アナログホラー(Analog Horror)の定義
4-1-1 概要とノスタルジー
→1980年代~90年代のVHSビデオテープの劣化映像、低画質、公共放送の緊急事態告知などを模したWEB発のホラージャンル。YouTubeやTikTokを中心に広まる
→かつて『リング』が呪いのビデオで描いた記録媒体に宿る呪いという概念を、Z世代以降がデジタル技術で再構築・レトロフューチャー化したものと言える
4-1-2 視覚的特徴と不気味の谷
→意図的なノイズ、音の割れ、フレームレートの低下。そして実写と見紛うようなCGによる不自然に歪んだ人間の描写(不気味の谷現象の積極的な利用)
←説明を一切排除し、視聴者にこれは何を見せられているのかという不穏な想像を委ねる手法が主流
4-2 『バックルーム』とリミナルスペース
4-2-1 リミナルスペース(Liminal Space)の心理学
→誰もいない深夜のショッピングモール、無人のオフィス、学校の長い廊下などといった本来人が溢れているはずの場所に誰もいないという空間の不気味さ
←機能が失われた空間に対する生理的な不安をホラーとして定義
4-2-2 バックルームの世界的拡散
→インターネット掲示板4chanに投稿された一枚の画像と物語から始まった都市伝説が発端で、黄色い壁紙オフィスのような不気味な空間が無限に続き、蛍光灯の唸り音だけが響くレベル0から始まる無限の階層構造
←作品のファンの有志の手によって設定が膨大に膨らみ、ウィキペディア形式でアーカイブ化されることで、一つの世界観へと成長したものが後に協力型サバイバルホラーゲームとしてsteamで人気を集め、ファンメイド映像として二次創作され、現在はハリウッドでの映画化も進行中である
5 ホラーメディアのクロスオーバーとメディアミックス
5-1 ゲームから映画・他媒体への逆輸入
5-1-1 商業ゲームの映画化とグローバル展開
a 『バイオハザード』シリーズ:ゲームの恐怖をアクション映画へと昇華。ミラ・ジョヴォヴィッチ主演のシリーズは全6作公開され、世界的な興行収入を記録。ホラーゲームが一般層に普及する最大の足掛かりとなった
b 『映画 零~ゼロ~』(2014):中田秀夫監督作品などとも共鳴しつつ、ゲームの閉鎖的な村・少女の美しさと死という耽美的な側面を映像化。日本特有の情緒的ホラーとして再定義された
5-1-2 インディー・フリーゲームのマルチ展開
a 『青鬼』:2010年代のYouTube黎明期に実況動画で火が付き、後に小説化、コミカライズ、テレビアニメ化、そして実写映画化と、既存の商業作品に匹敵するメディアミックスを個人開発発信で実現した
b 『殺戮の天使』:フリーゲームから始まり、特に10代後半の女性層から圧倒的な支持を獲得。コミックス累計200万部突破、テレビアニメ放送など、キャラクターコンテンツとしてのホラーの成功例となった
5-2 リアル体験型ホラーへの展開
5-2-1 テクノロジーによる境界の消滅
→VR(仮想現実)技術により、プレイヤーはモニター越しではなく恐怖の空間内に身体ごと没入する。逃げ場の遮断による心拍数上昇は、従来の映画鑑賞では味わえない臨場感や恐怖を煽る
←それだけでなくハプティクス(触覚)技術の進化により、風や振動、さらには触れられる感覚まで再現する施設が登場している
5-2-2 イマーシブ(没入型)エンターテインメント
→観客が物語の目撃者や当事者として参加する演劇。廃墟となったビルや実際の街区を舞台にしたリアルな恐怖体験の流行により、フィクションと現実の境界を曖昧にする日常の侵食というJホラーの神髄が現実世界に再現されるようになった
6 Jホラーとホラーゲームの今後の展望
6-1 表現技法の多様化とテクノロジーの深化
6-1-1 AI(人工知能)技術の導入
→プレイヤーの視線の動き、操作の癖、あるいは心拍データ(スマートウォッチ連携等)をAIがリアルタイム解析し、恐怖を感じているタイミングで敵の出現位置や音響を最適化する動的な恐怖の提供
←画一的なお決まりの展開からの脱却し、プレイヤーごとに異なる自分専用の恐怖が生成される時代の到来
EX)『MIMESIS』
6-1-2 メタホラーのさらなる進化
→ゲーム内キャラクターがプレイヤーの個人名を呼ぶ、あるいはゲームを終了してもPCのデスクトップ壁紙を勝手に変更するといった、プログラムの枠を超えた干渉演出
EX)『Doki Doki Literature Club!』:恋愛シミュレーションの形式を借りつつ、後半ではデータ破壊やプレイヤーへの直接的な語りかけを行い、デジタルの根源的な恐怖を提示した
6-2 グローバル化する恐怖のコードと課題
6-2-1 独自の恐怖から共通の恐怖へ
→かつての日本的な恐怖に対し欧米型の視覚的恐怖という対立構造から今やJホラー的な因習や静寂の演出は、今や世界のホラー制作者の常識となりつつある
→国境を越えた共同開発や、アジア圏(タイ・台湾・韓国)のホラー映画と日本のゲーム業界の連携が加速している
6-2-2 二次創作と権利の境界線
→バックルームのように、ネット上の匿名ユーザーたちが作り上げた共有財産を商業利用する際の法的・倫理的課題
←コミュニティ由来のコンテンツをいかに尊重しつつ、商業化という名のプロフェッショナルな品質向上を両立させるかという新たな産業課題の浮上