2024年 1月25日、千葉県成田市を訪問。成田山新勝寺の北西部から利根川にかけての地域に鎮座する神社をいくつか巡ってきました。

 今回は、古代において機織り(はたおり)を生業とする人々が住んでいた羽鳥(はとり)地域に鎮座する神社です。

 

 北羽鳥 香取神社 

きたはとり

弘安五年(1282)に香取神宮より勧請創建。by境内の高札

◇鎮守地:成田市北羽鳥2022

◇最寄駅1:JR成田線・下総松崎駅~5.5km

◇最寄駅2:成田スカイアクセス線・成田湯川駅~6.5km

◇バス便:北羽鳥入口バス停~348m

→京成成田駅からコミュ・バス<豊住ルート>

◇御祭神:経津主神(フツヌシ)

◇御朱印:不明

by 成田市役所HP(広報)

神社検索サイト「八百万の神」

 

 

【社頭】

◆一之鳥居

 一之鳥居をくぐると、すぐに石段があります。その2段目に、あたかも二之鳥居のごとく、1対の青面金剛。

 

 

 

 

◆二之鳥居

 

◆手水舎

 水は涸れていました。

 

◆祓戸大神

 

御祭神

経津主神 フツヌシ

◇日本書紀

 大国主に国譲りを迫るため、高天原より葦原中国へ派遣された剣の神。神名の「フツ」は剣で物を断ち切る音。(諸説あり)

 

◇古事記

 フツヌシは登場しません。しかし…

 「神武東征」の際、熊野で苦戦する神武に高天原から神剣が下されます。その名は、布都御魂(フツノミタマ)。この剣名は、フツヌシを想起させます。

 また、タケミカヅチの別名は「タケフツ」または「トヨフツ」です。これまたフツヌシを想起させます。

 

 これらのことから、フツヌシとタケミカヅチは、そもそも同一の神ではないか、との説まであります。

 あるいは、フツヌシが古事記に登場しないのは、中臣氏・藤原氏(タケミカヅチ神)と物部氏(フツヌシ神)の力関係が反映されたもの、との説もあります。結局、フツヌシは藤原氏に乗っ取られ、藤原氏の氏神として春日大社にも鎮座します。

 

◆御神木

 総本社=香取神宮あるいは、鹿島神宮を彷彿とさせる本殿真裏の御神木。

 

 

 

 弘安五年(1282)、香取神宮より香取神社としてこの麓の丘に還座の際の御神木なり。

・樹齢700年、周囲5m

・樹皮下、多数の釘跡あり。日清、日露、大東亜戦争その他、祈願の際の痕跡と認められる。

と、高札に書かれています。

 

◆本殿

 流造としては、比較的、急勾配な屋根を持つご本殿です。

 

 

 

香取神社の分布

下総国と武蔵国

 香取神社は全国で400社。東国に多く鎮座しているようです。

 とりわけ、下総国と武蔵国において特徴的な分布状況となっておりますので、ご紹介します。

※図は国土交通省 関東整備局HPから拝借

◇香取神社(フツヌシ)

 →主として利根川・古利根川流域、さらには元荒川の東岸までの地域。

 

◇久伊豆神社(オオクニヌシ)

 →元荒川の流域。主として西岸地域。

 

◇氷川神社(スサノヲ)

 →主として荒川流域とその東側地域。

 

この分布状況から

天津神集団が茨城・千葉地域から西進し、国津神集団を圧迫。

元荒川で双方が対峙、といった構図が浮き彫りになります。

 

◎なぜ「東から西」なのか

それは街道の構造が関係します。

都から武蔵国(≒地の果て)へ行くには

 東海道=陸路で神奈川まで進み、そこから海路で房総半島に上陸。上総~下総を経て西進。

 もしくは、房総半島を回り込み太平洋側から上陸。鹿島香取の地域から西進。

 (東山道で長野から碓氷峠を越えて群馬に入り、南進するルートもありました。)

 

つまり 都から武蔵に行く(東進)には

 幕末では、官軍は鳥羽伏見から「ひたすら東」に進み、江戸に入りました。

 しかし、上代においてヤマトの軍が武蔵に行くには

 最終的に「西進」

ということになるのです。

 

 

【境内社】

◆愛宕神社

御祭神:火産霊命(ほむすびのみこと)

火の神様です。

 

◆護国神社

 国のために散華された英霊の皆さま

 

◆稲荷神社

御祭神:倉稲魂神

 

 

 

 

◆神輿庫

 

 

 

【御朱印】

不明

 

 

【参拝ルート】

2024年 1月25日

START9:22京成線 京成成田駅~1.3km~①埴生神社~180m~郷部南バス停10:38→成田市コミュニティバス→10:56宮下バス停~150m~②豊住熊野神社1.1km~③北羽鳥 香取神~2.3km④竜台 六所神社~400m~竜台車庫バス停14:58→成田市コミュニティバス→15:26京成成田駅GOAL

※この日、成田山新勝寺で行事があったため①→②のバス路線が運休。よって、この区間はTAXI移動しました。

 

 

【編集後記】

当社には、かなり有名な獅子舞が伝承されているようです。

◆獅子舞

 成田市の無形民俗文化財に指定されている郷土芸能で、4月の第1日曜日に香取神社で一般公開されます。

 獅子舞は口伝によって伝承されており、3匹による舞が特徴です。

 この獅子舞は、風流系といわれる一人立ち。竜の頭を戴き、腹に太鼓をつけた大獅子、中獅子、雌獅子の三匹で舞われます。

※獅子舞の写真と文は以下から拝借。

成田の地域情報サイト「マイプレ」

 

 成田の神社巡りは、熊野神社から六所神社に直行するのが当初予定でした。その道中(3.4km)に当社を見つけました。結果、徒歩区間を分けることができて良かったです。 そして、香取神社は思ったよりも良い神社でした。 (了)