鎌数伊勢大神宮 

(かまかず)

 

《波乱万丈のスゴ歴史》

 ①社殿破却命令

 伊勢から宮大工を呼び、皇大神宮と同じ社殿を建立。

 →破却命令を受ける。

 

②社号変更申請が却下

 『内宮神明社』へと変更を希望。

 →却下される。。

 

凄い歴史を持つ風雲児な神社です。

◇鎮座地:千葉県旭市鎌数4314

◇最寄駅:JR総武線・干潟駅~1.7km

◇御祭神:天照大御神

◇御朱印:あり→書置き

 

 

 

【表参道】

◆大鳥居

~鹿島鳥居に似ています。笠木が右から左に向かって次第に細くなっていました。

 

 

◆手水舎

~銅板屋根が部分的に瓦仕様でおもしろいです。

鳥獣防護対策として、木組みが施されていました。素敵な措置だと思います。

 

 

◆参道

~玉砂利の参道が好きです。しかし、雨天の際は、このような参道に歩きやすさを感じます。

 

 

 

【社殿】

◆拝殿正面

 創建は江戸時代(1671年)。当地に椿海という湖があり、その干拓が計画されました。工事は、伊勢・桑名の両藩が担当。完了後、神明社を建立・総鎮守としたのが始まりです。

 

 

◆1,000年前の関東平野 水脈

 椿海がかなり広大な湖だったことが分かります。by公益社団法人・農村農業工学会の図版

また、武蔵の国府(=府中)東側は大小河川や湖沼が無数にあって、大湿地帯だったことが容易に分かります。武蔵国府は、あの位置にせざるをえなかったのでしょう。

 

 

◆拝殿軒下

~紋幕は、妙見星辰信仰に由来する「星紋」=六曜紋。いかにも千葉の神社です。

 

 

 

◆拝殿・渡り廊下

~拝殿と直会殿をつないでいます。下を潜れば、本殿が良く見える場所に出ます。

 

 

 ※干拓工事を伊勢藩が担当しなかったら

当社は、「伊勢神宮」にならなかったかもしれません。 

例えば、信濃の藩が担当していたら、諏訪神社になっていたかも・・・。

 

 

 

 

◆拝殿左サイドの風景

~鎮守の森を擁してないためか、神域はわずか 902坪。しかし、落ち着きがある景色です。

 

 

 

◆スゴ歴史!

~当社には、とんでもない過去がありました。

というか

勇気ある決断と言える凄い歴史がありました。

 

 1735年、社殿造替に当たって、伊勢から宮大工を招聘。

 

①内宮=皇大神宮と同じ《唯一神明造》の社殿を造営

②社号を「内宮神明」と変更

 

 しかし、これらはさすがに伊勢神宮から問題視されました。

結果、新社号は使用不可。新築社殿も破却処分となりました。

 

 

 

◆本殿

~破却命令後に建てた社殿が現在の本殿です。

茅葺の神明造には、こだわっています。

昨今では珍しくなった茅葺屋根!

草の厚みは、やや薄い感じですが、素晴らしい屋根です。

 

 

 

◆神木・三本杉

 板玉垣で防護されており、裏には「拝所」までありました。

戦時中、近くに海軍の飛行場があったため、背の高い樹木はことごとく伐採されました。

 

 

 

【創建について】

◆事実誤認がコピペされ続ける

 ネットで調べると、個人ブログがいくつかヒットします。

そのほとんどが

 

「伊勢内宮荒木田神主梅谷左近太夫長重の創建」

 

と書いてあります。

しかし、これはあいまいな文章。

荒木田神主という職種の梅谷氏が創建した。

としか読めません。

よって、これは誤りです。

 

そもそも、荒木田神主などという語句は存在しません。

誰かが最初にこれを書き、次々とコピペされていったものと思われます。

 

 荒木田は職種or肩書でなく姓。

内宮の禰宜を専任してきた家系です。南伊勢の土豪・度会氏や宇治土公氏より後発ですが、躍進していった家系です。

 

 

◎事実判明◎

創建者=御師・梅谷氏

 「創建者は、伊勢内宮の御師・梅谷左近太夫長重」と書いてある文章を発見しました。

これなら腑に落ちます。

 

(追記)→2021年時点で、当社公式HPが立ち上がっているのを見つけました。

そちらに、創建者は伊勢神宮御師・梅谷左近太夫長重と記されているのを確認しました。

 

*御師とは

 江戸時代、御師はピュアな神職ではありません。布教活動者で、神職と農民の中間的身分とされていたようです。

 

*御師の読み

 出雲大社に代表されるように、通常は「おし」です。

しかし、伊勢神宮だけが「おんし」と読ませます。 

 

 

 

【境内点描】

◆直会殿(なおらい)

直会とは、祭りの終了後に、神前に供えた御饌・御酒(みけ&みき)を神職と参列者で戴くことをいいます。共食することで、神と人との一体化が完成する、と考えられています。

 

 

◆神楽殿

 

 

◆石碑

~拝殿前にありました。

中=天照大御神(日本国の氏神)

右=馬上の八幡神(武家の氏神)

左=鹿上の春日神(公家の氏神)

 

 

◆磐座?

塩の塊が化石になったものだそうです。干拓工事中に掘り出されました。

 

 

◆裏参道

~駐車場の脇に鳥居と手水舎があります。

裏からの入場でも、「結界をくぐり&禊してもらおう」という方針ですね。素晴らしいです!

 

 

裏参道であっても、表裏の区別なく、きちんと注連縄と紙垂で結界しています。

 

 

◆神木2

 大銀杏

 

 

◆神木3

夫婦杉

~樹齢320年です。両者間には、若木(=子ども)が生育しています。

 

 

◆稲荷社

~鳥居神額には「出世稲荷大明神」

 

 

◎以上、2018年11月に訪問した際の記事に加筆修正し、更新しました。(2021.03.06)

 

 

 

【御朱印】

美しい御朱印

 神職不在でしたが、授与所に書置きが用意されていました。初穂料は書かれておりません。

「お気持を」ということでしょうか。筆者は、300円納めました。

 

 

 

【参拝ルート】2018年11月 6日

STARTJR・千葉駅→総武線銚子行→猿田駅~260m~①『猿田神社』~徒歩~猿田駅→総武線→干潟駅→1.7km(タクシー)→ ②『鎌数伊勢大神宮』 →(タクシー)→干潟駅GOAL (注)雨天でしたので、干潟駅からタクシーを使いました。

 

 

 

【編集後記】

◆重厚な門

~大鳥居の左手。香取神宮の勅使門(=神徳館表門)を想起する重厚な構えです。これ、宮司家の表門でした。宮司職は梅谷家の世襲で、現職は12代目らしいです。

 

◆鎌数伊勢大神宮

~境内はとても良い雰囲気。天気の良い日に、ぜひ再訪したいと思いました。(了)

 

 ◇初出:2018年11月

 ◇更新:2021年 3月 6日