道野辺八幡宮  

(みちのべ)

 

《平将門ゆかりの神社》

 西暦930年代、平将門は下総を征服。市川大野に宮殿を建てた折り、鬼門に当たる当地に中沢城を築城しました。併せて、守護神として誉田別尊を鎮祭しました。by「ご由緒」を要約

◇鎮座地:千葉県鎌ケ谷市道野辺中央5-6-10

◇最寄駅:鎌ヶ谷駅~600m

(東武アーバンパークライン)

◇御祭神:誉田別命

◇御朱印:あり

 

 

【参道】

◆一の鳥居

~そこそこの高さを上がっていきます。途中、踊り場が1か所あります。

 

 

◆石段

~踊り場の手前から頂上を仰ぎました。

 

 

 

◆二の鳥居

 

 

◆巨石

~二之鳥居の先、左手に鎮座しています。「磐座」ではないのでしょうが、注連縄が張られ、小さな鳥居と祠が乗っていました。

 

 

 

◆手水舎

~水盤に賽銭を投じる輩への対策でしょうか。賽銭箱が設置されています。

 

 

 

 

 

 

◆八幡神社・八幡信仰

~八幡信仰は、古く宇佐(大分県)の地で醸成され、この地方の神祇信仰に仏教や道教が融合して形成されたと考えられています。

 八幡神社にピュアな神を感じられないのは、こうした理由によるものと思われます。

 

 

◆神道の神

~森の中の神聖な地域に、礼拝所もなければ偶像もない。森の中のちょっとした何でもない空き地。そういう場所に神さまが降りてくる・・・。こうした聖性を感じさせるのが神道です。

 

 

◆見えざる神だったはずが・・・

~神道では、具体的な神の姿はありませんor見えません。神さまは、磐座や神木に宿ったり、神籬に来臨します。

 しかし、八幡信仰では仏教に帰依した神々、すなわち僧形神像(=偶像)が続々と造られていきます。神を僧侶として見える化させていったのが八幡信仰です。

 

 

◆当社はというと

~八幡や妙見を祀る神社は、仏教色が濃い。すなわち、清々しくない。

こうした一般的イメージと少々異なるのが当社です。境内は、清々しさに似た気が漂います。

 

 

※そこそこ大きな拝殿ですが、この裏にもほぼ同程度の拝殿が建っています。

配置は、新拝殿ー旧拝殿ー本殿

 

 

◆拝殿内部

~奥に大きな唐破風が見えますが、本殿ではありません。旧・拝殿です。

 

 

◆旧・拝殿

~建物の大きさは、現在の拝殿と遜色なさそうです。イメージとしては、外拝殿ー内拝殿ー本殿、といった感じになります。

 

 

 

◆本殿

~木立のすきま、ほんの少しだけ垣間見えました。本殿は、拝殿ほど大きくはありません。しかし、高さは本殿が最も高い位置になるよう造られます。

 

 

 

 

 

 

【境内点描】

◆神馬舎

~向かって右の建屋が神馬舎です。左は、手水舎。

 

 

◆神馬

~木工の馬ながら、やさしい目をしていました。ポニーと同じくらいの大きさの木像です。

 

 

◆授与所と参集殿

 

 

◆庭・二の鳥居付近

~背後の建屋には、「社務所」の札がかかっていますが、ふだんは無人のようです。

 

 

 

【境内社】

①境内・東エリア

◆一願成就の社

~参道に面して鎮座します。手水舎の向かいです。

これまで「不明社」としてご紹介してきましたが、今回、宮司さんに取材できました。

参拝者の「(個人的な)願い事を叶えてくれる神さま」とのことでした。

「一言主神」みたいなイメージでしょうか、とお伺いしたところ、おおよそそれで合っています、とお答えいただきました。

 

 

◆豊洲神社=2社

・だいこく社

御祭神:大国主命

 

 

・石川稲荷神社

御祭神:倉稲魂之命

 

 

 

②境内・西エリア

 

 

◆御食津神社(みけつ)

御祭神:御食津大神

~高札には「食料一般の神さま」との記述。

 

 

◆少彦名神社

 

 

◆水神社

~祀られている神さまは、水神系のどの神さまか不明です。

 

 

◆天満宮学神社

御祭神:菅原道真公

 

 

◆整備された境内

~境内は、歩きやすさ&清掃しやすさを考え、石畳部分が多くなっています。しかし、個人的には玉砂利か自然土がむき出しのほうが神社らしいような気がします。

 

 

◆北参道

~神社手前のY字路を左手は、やや急な下り坂を経て「表参道」に出ます。右手は、緩やかな上り坂。石段を使わず拝殿に行ける「北参道」です。

写真は表参道と北参道の合流点近く。なぜか《木立の中に建つ》鉄製・両部鳥居です。

 

 

 

【御朱印】

 

 

 

 

【参拝ルート】2020年 8月20日

北総台地の神社を行く

STARTJR武蔵野線・市川大野駅~京成バス・市川大野駅前バス停→市川営業所行→駒形大神社バス停~300m~①駒形大神社 ~バス停&京成バス→本八幡駅行→市川大野駅バス停~市川大野駅→武蔵野線→新八柱駅~(乗り換え)~新京成線・八柱駅→新京成線→新鎌ヶ谷駅~(乗り換え)~東武線・新鎌ヶ谷駅→東武線→鎌ヶ谷駅~600m~②道野辺八幡宮 ~500m~鎌ヶ谷「市民の森」~100m~③根頭神社~1.3km~東武線・鎌ヶ谷駅GOAL

 

 

 

【編集後記】

◆鎌ヶ谷市

~鎌ヶ谷は、広大な小金牧*の一部でした。この辺りには、蒲(かば)や茅(かや)が自生し、蒲茅(かばかや)が鎌ヶ谷へ転じたという説があります。他に諸説あり。 

 

*小金牧

~小金牧とは、江戸幕府の軍馬養成&供給地でした。

明治維新後、政府は武士階級を解体。貧窮する旧武士を救済するため、小金牧の開墾を計画しました。多くの旧武士が入植して原野を開拓してきた歴史があります。(了)