「そういえば、そろそろ彼女の家から追い出されるから今日か明日くらいに出て行ってね」


ホールに戻る途中の道で先生はそう言った。

私がこの時代にきて3日が経った。正確には、いつ過去にきたのかまでは思い出せなかったので『3日以上』が正しいなのだが。

私の反応を見ずにスタスタと前を歩く先生。相変わらず歩くのが早いなと思った。早歩きしてんのかってくらい早い。

そうか…、もう3日間も先生の家に泊まらせてもらっていたのか。先生はこの3日間をどう思っているのだろう。きっと先生は、自分の歩くスピードについて早いとは思っていない。他人から見たら確実に早いのに。それと同じように他人である先生から見たらこの3日は長いと感じていたのだろうか?


実家に行っても私の居場所はないだろう。私が存在しているのかさえわからない。仮に私がいたとして、学校に通ってる時間だけ自分の部屋に忍び込んで寝るわけにもいかない。お金もロクに持っていない今の私はホームレス確定だ。何より自分に会うのが怖かった。


「彼女さんに追い出されそうなんですか?」


私はそう先生に聞くと「そうだよ」と言った。

自分の家に私を泊めていることは彼女さんには言ってないらしい。まぁそりゃそうか。路上で倒れていた私を先生は拾ってくれた。ほぼ記憶喪失状態の私から、行く宛もないという話をされたら放置するわけにもいかなくなったらしい。ただ、後々彼女さんがいたことを知って、悪いな…という気持ちになった。彼女さんに対しても悪いなと。内緒で彼氏の家に泊まらせてもらっていたことより



彼氏を殺すことが




悪いな、と。









エスカレーターに乗り、台のことを思い出す。

この時代の先生は目押しもできないただのスロット好きの素人なんだ…。びっくりした。先生にもこんな時代があったとは。 

そりゃそうか。私だってできなかった。めっちゃ練習したし、めっちゃ怒られた。そう、先生に。一周のタイミングを覚えてもいつも早く押してしまっていた。

「見えてきてはいるからそのまま手だけを一瞬遅らせるように」とか言われてもできなかった。微調整は今でもできない。直視ができないから。直視さえマスターすれば微調整は簡単なんだろうけど…教えてくれる人もいない。

てか、そもそも先生は勝っているのか…?

働いてはなさそうだから勝ってはいるんだろうけど、収支とかって聞いても良いのかな?この時代のスロプロといわれる人達は、ピンでも月平均50万はいっていたらしい。先生本人も何か言っていた気がする……月最低50万だったかな?忘れた。まぁいいや、聞こう。


「先生」


「ん?」


「収支っていくらくらいなんですか?」


「月?」


「月です」


「5万くらい?」


「ショッボ!!!!!!!」



やばい、声に出してしまった。


「え……ショボ…?」


「あ、いえ、祖母って言ったんです」


「祖母!?なんで急におばあちゃんが…?」


「祖ッッッ母!!!!!」


「あ、ほんとだ」



ほんとだ、じゃないけどね。なんとか誤魔化せたようだ。それにしても5万とは………先生ともいえど最初は苦戦してたんだな。












まてよ?




何かが私の脳裏をよぎった。




あれ………




これって………







「先生、仕事って何かされてます?」


先生は私の声に反応して振り返った。


「してないよ」


ニートだった。先生は紛れもないニートだった。


「どれくらいです?」


「一年くらい」


まじか。どうやって食べていってるんだこの人…。軽く話を聞くとアルバイトをしていた頃の貯金がまだあったらしい。部屋も鶴橋駅のすぐ近くといえど小さいし、家賃も高くなさそうだし、ギリギリ節制すればやっていけるのかな。私は聞いた。


「貯金がなくなったらどうするんです?」


「働くよ」


どうやら私は人殺しにならなくて済みそうだ。

これだ!!!どうやって月5万円のショボスロプロから昇っていったのかは知らないけれど、私が先生を先生じゃなくせれば良いんだ…!

具体的にいうと、先生に『パチスロは勝てないモノ』という考えを植え付ける。勝てなくなった先生は普通に働くしかなくなる。人にパチスロを教えることのできないレベルのまま普通の人になってもらう。そうすれば、未来に私と出会っても教えたりしないだろうし、自信を持って業界に送り出さないだろう。私のデビューもなくなる。それはつまりあの事件も未来に起こらないわけで………


これだ。これしかない。流石に人を殺すのは厳しいと思っていた。もうこれしかない。全力で先生を先生じゃなくさせよう。そういう意味では『先生を殺す』というのはあながち間違いではない。『ただの人』にしよう。



こうして私は、この日から先生の足を引っ張ることを生き甲斐にした。いかに自然に足を引っ張れるかが肝だ。がんばろう。本気でがんばろう。


私がホームレスになるこの日は、先生の人生を狂わせようと決めた日でもあった。