前か、その前のブログで
『「国語」は論理的思考の教科だ』とか書きましたが
それはおもに文脈による意味の特定を指します
言葉や文章って、同じものでも単体だけでは意味の特定ができません
解釈によってはまったく逆の意味にだってなり得たりする
言葉には数十個もの意味を持ってるものさえある
でも、前後の文章で、その言葉や文章はひとつに意味が特定されるんです
たとえば、「批判されているうちが華」みたいな言葉ってよく言われます
これも、普段から嫉妬されてる人が訳のわからない批判をされている分には
もちろん「華」なのですが
他人に迷惑をかけてたり、相手を不愉快にするなどによるまっとうな批判には
まったく当てはまりません
何によって批判されているか、言葉の前後をうまく読みとらないとエライことになります
特に客商売をしてる人、一般大衆に評価される仕事をしてる人はなおさら
まっとうな批判が多数寄せられているのに
「批判されているうちが華!」って言い出して、あまり気にしていなかったら
ちょっとおかしいですよね
こちらに欠点がある場合は対処を間違えてしまうと大変です
たとえやりすごしたとしても
批判する側の(まっとうな)鬱憤は積み重なっていき
なんか変な、些細なことがきっかけでいきなり全体の信頼が大崩壊を起こしかねません
鬱憤をスルーしてきているので、本人は崩壊を起こした理由に気づかないかもしれません
批判慣れすると、良質な批判までスルーしてしまいがちだと思うので
これは気をつけたいところです
批判されること自体は気持ちのいいことではないけど
それを「華」だと言って自分をごまかすのは避けた方がいいと思います