Reprint as much as possible. | Miss.KISS怪盗★鈴木花子のブログ Forever

Reprint as much as possible.















私が
今は なき凸凹商事に勤めだした頃は
まだまだ世の中、景気が良くて




年に 二度か三度


会社あげての社員旅行に出かけた






1番多かった旅行先は
熱海





毎回、ゆっくり温泉に浸かって
その後は
お決まりの宴会だ










今年は梅雨が早いらしい


雨の日が続くのは憂鬱になる



咲子は
ベッドから起きてすぐ
歯を磨く


自分の口臭が気になるからだ





あれは18歳

初めての外泊



大学生になり親元を離れ
生まれてからずっと住み慣れた北関東から


大阪に出てきたばかりの頃




大学のコンパに浮かれて参加して



そこで声をかけていた

大産大・・・


大阪産業大学の3回生と名乗る
顔だけの男と意気投合


そのまま
初めての夜を共にした時





朝起きて


甘えたようにキスをせがんできた男に


昨夜、初めてした
舌を絡めるキスを返したところ


「くせっ」


一言返されて



一瞬、頭が真っ白になり


足元から自分自身がガラガラ音を立てて崩れていく感覚に陥ったのだ




え??

くさい?







セミの抜け殻を見つけては
集め

見つけては集めして

半ズボンのポケットに詰め込んだ



帰宅して
母親にポケットの膨らみは何かと尋ねられ



両手イッパイの
セミの抜け殻を見せた時の

あの母の顔を

安彦は今も忘れられない・・・





気がつけば、母が亡くなった年齢を
超えてしまった






安彦の
会社での立ち位置は
何も変わらないままだが



家の中の立場は
どんどん悪くなっている



今となっては


妻や長男、長女より下なだけでなく



2年前から飼い始めた

トイプードルのキャンディにすら
抜かれている






「お父さん!ゴミちゃんと持って出てよ!こないだ玄関に置いたまま
お仕事行ってたでしょ?
私より後に家を出るんだから
あなたが忘れて置きっぱなしにしたら
玄関に🪰蠅がわくのよ!!」







「あ…うん
すまなかった💦
今日は忘れないよ」





今の安彦のポケットには


あの頃
沢山詰め込んでいたセミの抜け殻は無いが



抜け殻のような安彦のポケットには

いれっぱなしの辞表願いが
入れられている



宴会が始まると



毎回恒例の

かくし芸大会の開幕だ



私はここで
人生で初めて


人が本当に
【へそで茶をわかす】のを観た



人事課の田崎課長だ


田崎課長は入社30年目を迎える超ベテランで


普段は
目立たない冴えない中年


常にバーコード頭を
せかせかせかせか手櫛で整えながら話すオジサン



しかし



この社員旅行の
かくし芸大会では



毎回、毎回

腹の上に乗せた薬缶を
ものの1分もしない間に沸騰させる珍芸で

新入社員の度肝を抜いていた




シューシューシュー
ピーピーピーピー



今年もまた

毎回お馴染みの


椿の間に
田崎課長の
へそで沸かした薬缶から

沸騰を知らせる音が響き渡った・・・・





ピーピーピー

ピーピーピー




会場は
大爆笑


鳴り響く警笛と

皆の笑い声で






旅館の火事を知らせる
警報は

誰の耳にも届かなかった・・・・





襖から漏れてきた煙に気がついたのは




庶務課2年目の佐渡さんだった



化粧直しにトイレに行こうと席をたったとき

開けようとした襖から

細く白い
煙の線が立ち上るのが見えたのだ




「きゃーー!!」


会場内に
佐渡さんの悲鳴が響き渡る


おもむろに開かれた襖の向こうは


真っ赤に燃え上がる炎が

眼前まで迫って来ていた






歯磨きを終えた咲子は


そのまま


洗顔とクレンジングを行い



朝食の前に
軽く化粧をしてしまう



生まれ持っての面倒くさがりで


会社勤めさえしていなければ


化粧なんかしたくないタイプなのだ



こうみえて
目鼻立はしっかりしていて
眉もあるので


しっかり化粧なんてしなくても
それなりに見られる顔・・・

だと


自分では思っている





キッチンで冷蔵庫を開け
ため息をつく




「あちゃー・・・もー玉ねぎとカニカマくらいしか無いぢゃん」






小さめの鍋に火をかけ


ササッと玉ねぎに包丁をいれると



足元の棚から
実家から送られた味噌のパックを出す



増えるわかめを
上の棚から出し



玉ねぎとわかめだけの
味噌汁を作る




「あーレタス残って無かったの痛いなぁー」


つぶやきながら


カニカマを指で裂いて

マヨネーズを絡めた


味噌汁を1杯分だけ
おたまで掬うと


味噌汁、カニカマ
レンチンのご飯


さみしい朝餉の始まりだ



  





始めに

近所の清掃会社にパートに出ている妻が家を出て




続いて

テニス部でキャプテンをしている
高校生の長女が出ていく



少し遅れて

大学2年になる
長男が黙って家を出ていった






私は1人
冷めた朝食を食べ
出社の用意をする


家族みんなが出た後
自分が出勤するまでの
この僅かな時間が

唯一の息抜きの時間だ


換気扇を回しながら
その下で
タバコに火を付ける


禁煙🚭
禁煙🚭

どこに行っても喫煙者には
人権が無い



2本目のタバコに火をつけたとき

家の電話が鳴った






熱海の老舗旅館が全焼


その日の火事は

全国紙の一面に大きく出るくらいの大事件だった


私はなんとか
一命をとりとめたが



茶を沸かし疲れていた
田崎課長を始め

うちの会社の約8割の社員は
帰らぬ人となっていた




それからの展開は
凄まじく  

あれよあれよと言う間

2ヶ月もしないうちに


凸凹商事は倒産


私は路頭に迷う事になる




この歳になって
今更実家に戻るとは・・・


あの頃の私は
少し自暴自棄になっていた







軽い朝食を済ませた咲子は


何気なくスマホを覗いた




貴之からのライン




「今日会えねぇか?」




バカな私



向こうにそんな気なんてないのは
わかっているのに

身体だけの関係と割り切ればいいのに



そのなんでもない一文に
バカみたいに心弾ませてしまう自分が居た






頭の中で幼い頃
家族旅行の車内で聴かされた

岡村孝子の歌が流れ始めた









味噌汁の鍋に かけた火を
切り忘れたまま身支度を整える

18歳のあの日から
匂いには敏感な筈の咲子

キッチンからの異臭に気がついたときには

もう
火の手は
咲子のすぐ隣まで来ていた・・・・


あの日以来

咲子の
頭の中が真っ白になる瞬間だった






会社からミスを伝える電話

まさか
自分の軽率な行動が
会社に数百万の【損失】を生み出すことになるとは・・・


このまま今日は休んでしまおうか?

それとも

長年ポケットに入れっぱなしの
辞職願

今日こそ出してしまおうか

いや

玲奈もこの先進学するだろうし
勝彦もまだ大学2年で金がかかる

今の会社を辞めて
同じくらいのサラリーを得ることが簡単に出来るのか???


自問自答を繰り返す・・・


「なんか焦げ臭……」


安彦が振り向いた瞬間

眼の前を真っ赤なが包みこんだ












あれからずーーーーっと実家暮らし

再就職も

結婚もしないまま
気づけば適齢期なんてとっくに過ぎて
中年ニートと呼ばれる立場になっていた



「私の人生、いいことなんか
ありゃしないのよ…」



私は
母が作ってくれた朝食に箸をのばす

テーブルには
父が読み捨てた朝刊が
社会面を開いたまま放置されていた



三面記事の見出しに大きく






日本列島
西に東に火災事故多発


大阪では一人暮らしのOLが
前橋では会社員が火災事故に遭い相次いで命を落とす






熱海の社員旅行での
火事を思い出し


私は呟く





「ま、生きてるだけでも幸せなのかもね・・・」






















え?



生きてるだけで・・・




幸せ??





生きてる理由

人生って何?






以下

『哲学する花子』へ続く・・・





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