おはようございます
unoですm(_ _ )m
ちょーっと哲学(?)みたいな感じの内容になるので
見苦しければスルーしてくださいm(u_u)m
ここに一つの問いがあります
「空き缶が道に落ちていました。そこに二人歩いてきました。一人はその空き缶に気づかずに通り過ぎていきました。もう一人は気づいたけれど拾わずに通り過ぎていきました。さて?どちらが悪いのでしょうか?」
皆さんはどちらだとおもいますか?
実は
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気づかない人の方が悪いのです
いっけん気づいた人の方が無視していくのだから悪い気がしますが・・・ちがうのです
それはなぜか???
気づかない人はいつになっても気づくことはないでしょう(つまり何も行動しない)
しかし、気づいた人はその場は無視したかもしれないけど戻ってきて拾う可能性があります
つまり何がいいたいのか!というと
気づかないということはそれが過ちだと知らないままだということなのです
知るということはとても重要なことです
人は昔からいろいろなものを知ることによって発展してきました
それは情報が少なく情報に貪欲になっていたからです
しかし現代において
情報は常に身近なものとなっているために
能動的にならずとも自然と手に入ってしまいます
そのために人は知るということをしなくなってしまった
だから
何が正しくて何が悪いのかもわからずに行動してしまう
だから 犯罪が起きる だから いじめが起きる だから 戦争が起きる
そして
何を今重要としているかも知らずに過ごしてしまう
そんな悲劇を常に現代社会は身に纏っているのです
ある番組の中である芸能人が発した言葉があります
「今、環境問題とかって行ってるけどぶっちゃけ何が問題なのかわからない」
と
それはありえないだろう!と誰もが思うかもしれないのですが
誰もが当たり前に知っていることを知らない人もたくさんいるんです
それは誰かに教えてもらうことでもないし
知識として自然と入ってくるものでもない
自分から知るという行為をしなければいけないのです
それだけではありません
人と人との諍い(いさかい)だって
相手の心を知ろうとすればもしかしたら未然に防げたかもしれない
いじめだって相手の気持ちになって知ろうとすればやめるかもしれない
とてつもなく可能性が低くても
それ(心)を知ってさえいればいつかどこかで
気づいたり、やめたり、行動するかもしれないのです
知らないことが罪だといっているわけではありません
ただ知らないことによってあなた自身が後悔することになる可能性を秘めているのだということです
知ることのできるのは一つだけではありません
(人の心、社会の情報、自分が立っているその場所の情報など)
もっと自分の周りを見てみてください
もっと自分の生きている世界というものを知ってください
そこになにがあろうともそれを知ったあなたはまた一歩前に踏み出しているのだから
自分は世界の一つなのだと知ってください
そして
その世界は自分が見ているセカイの一部なのだと
長々と書いてしまいましたがここまで読んでいただいた方
本当にありがとうございます
なにかをかんじていただけたらなぁと思います!
でわ![]()