抗祖運動(小作料をめぐる佃戸と地主の抗争:とう(登+おおざとへん)茂七の乱)がなぜおこったか!
明代には佃戸制(小農民などが地主などのとちを耕すことで収穫の半分も納入)がすすみ商人へ銀を入手するための依存が進み地主などは商業に投資して蓄財をはかった。
そして貨幣経済は中小農民を苦しめ没落させ地主などに土地集中した。
地主たちの中には地方権力者(郷紳)となり自らのために農民を圧迫するものも居た
そのためおこってしまった
農民の中には生活が苦しく禁をおかしてまで東南アジアなどに逃れるものも多くのちの南洋華僑のもとになる
またヨーロッパ人との貿易は乾隆帝が1757年に広州だけにした。実施したのちも公行という特許商人の組合が独占していた
注意点 貨幣制度によるのうみんの立場を把握すればよい
陽明学:朱子学を官学としてから永楽帝は四書大全、五経大全など編纂した
明の王陽明(王守仁)は陸九淵の学を発達させ陽明学をひらいた。
陽明学は理論的な朱子学と違い知行合一(知ることと行うことは表裏いったいである)の実践を重んじた
実学:産業の発達に基づき実践重視の実学が発展した。
李自珍の「本草綱目」(薬学)、徐光啓の「農政全書」(農学)、宋応星の「天工開物」(産業技術)、湯若望・徐光啓の「崇禎暦
書」(暦学)が代表的だ
考証学:儒学から派生した客観的・実証学てきな学問
創始したのは明末清初のときに黄宗義(旧字)・顧炎武がはじめ、清には戴震・銭大日斤(半角にして)が活躍。
末には公羊学派がおこった
注意点 学派と人物を間違えないように 漢字が難しいので気をつけること 著者と書物と何学か一緒に覚えること
大編纂事業:永楽帝は「永楽大典」(百科事典)、康熙帝は「康熙字典」(字書)、雍正帝は「古今図書集成」(百科事典)
乾隆帝は「四書全書」(古今の書物をまとめたもの)がある
庶民文学:{小説:明代の「三国志演義」「水滸伝」「西遊記」「金瓶梅」「今古奇観」、清代の「紅楼夢」「儒林外史」「聊斎志異」}
{戯曲:明代の「牡丹亭還魂記」、清代の「長生伝奇」「桃花扇伝奇」}
絵画:南宗画(元末に生まれた文人画系であり明代に全盛し、董其昌によって大成)
北宗画(宮廷画家の院体画系であり明代の仇英が代表的)
建築:永楽帝が北京に築いた紫禁城
陶磁器:景徳鎮
注意点 本は誰の時代にどういう種類の本が作られたか把握すること、文学は時代と文学をまちがえないように
絵画は代表人物をまちがえないこと 陶磁器と建築はそのままでよい
宣教師の活動と典礼問題
ヨーロッパ人が大航海時代にインド航路をもとめてポルトガル人が中国にきたことがきっかけ
ポルトガルにマカオ居留権をあたえ西欧と貿易をした
伝来したものは甘藷、ジャガイモ、トウモロコシ、落花生、タバスコなど
イエズス会の宣教師が訪れる。フランシスコ=ザビエル(実質布教はしていない)、マテオ=リッチ(実用的な知識(砲術、天文、暦法、地理、数学)を教え信用された)
また彼は徐光啓の協力を得、エウクレイデスの幾何原本を翻訳、東洋最初の世界地図「坤與万国全図」を作成
清代ではアダム=シャール・フェルビーストが暦の改訂をし、中国全図の「皇與全覧図」をブーヴェ、カスティリオーネが円明園の設計をした
しかし、孔子を崇拝したりして見せたりして布教したが
ほかの宗派の宣教師がローマ教皇に訴えたことを発端として典礼問題がおこった
教皇はイエスズ会の布教方法を否定したが康熙帝は反発しイエスズ会以外の布教を禁止し、雍正帝は1724年にキリスト教全面禁止した
注意点 何が伝来したか把握 宣教師の名とそれぞれ何をしたか把握する キリスト教に対する皇帝たちの反応も覚える