明の崩壊から・・・・
1616年に中国東北部の女真族がヌルハチ(太祖)によって統一され国号を金とし、満州文字を制定
ヌルハチは狩猟・軍事組織を八旗(旗人がもつ土地を旗地という)とし、強力な軍事力で東北地方を支配
次のホンタイジ(太宗)はチャハル部を征服し国を清とし、朝鮮を服属
注意点 まだ中国の中心には来てないことを確認すべし、皇帝によって国号がちがうので一緒に覚えよう
1644年に三代目の順治帝(世祖)は明の将軍呉三桂の力を狩り李自成をやぶり北京を占拠
清は功績として呉三桂ら三人を雲南、広東、福建の藩主としたが力が強くなったため、
四代康熙帝(聖祖)がのぞこうとし、三藩の乱となり平定した。その後台湾の鄭氏を滅ぼし台湾を領有。
また、黒竜江(アムール川)流域に南下していたロシアを攻め、ネルチンスク条約(1689)を結んで国境を優位にとった
雍正帝(世宗)はロシアとモンゴル北部の国境をキャフタ条約で定めた
乾隆帝(高宗)は東トルキスタンのジュンガル部を破り清の領土を最大に広げた
この三代にわたる時代清の最盛期であった
注意点 領土の広がりに注意!!どの皇帝がどこを広げたか詳しく把握すること(重要) 条約や乱の名前も覚えよう
清の領土をしっかり把握しよう
全盛期はあとは衰退するだけ・・・
清の支配体制は明の制度を採用していた部分もあった
八旗を補うものとして旧明軍の漢人を緑営という常備軍に。
雍正帝が設定した軍機処は軍事、行政の最高機関となり乾隆帝はホンタイジが創設した理藩院を整備し藩部を監視した
清は漢人官僚を用い満漢偶数官制(満州人と漢人が同数の合議制)を採用
学芸を重視し、科挙を採用その反面、辮髪を漢人に強制したりや文字の獄や禁書で反満反清言論をとりしまった
注意点 皇帝によって置いたものが違うので注意!!それぞれの役職の役割を把握しよう
どうやって漢人を支配したか把握しよう

