ということで、なんか中途半端に書いてそのままにしてたこと。


昨日2018.5.3の14:16、20年来の友人が逝きました。ここでも何度か記事にした、江古田One'sCafeのとしえママです。

まさかのあっという間の事態で、多分、本人が一番驚いて逝った気がします。


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病気のことを打ち明けられたのは4/10。

場所は新宿ルミネのPIE HOLEというあんまりおいしくなくて(笑)いつも空いてるカフェだった。


いつもは、お互い仕事場から帰る方向が違うので、新宿駅の改札内のドトールとかベッカーズカフェとか、そんなスタンドカフェで待ち合わせてさくっと必要なものを受け渡しだけして帰る。


この日も呼び出された理由は、らく人さんから手ぬぐい預かってるから…だったのでそれでよかったのだが、私が疲れていてできれば座りたいからと彼女には余分な交通費がかかって申し訳ないのだが、改札を出て降りてもらった。


店で18時前に落ち合って手ぬぐいを受け取って、少しして不意に、病気がわかったことを告げられた。癌だと。


ショックだった。


私達の共通の友人を、もう丸10年になるが肺癌で失くしており、彼女はその人を最期まで一番近くで看取っている。

そして、私達にとって大切な存在であった中村屋も食道がん。直接の死因は癌ではないが、起因ではある。

彼女を、中村屋を喪った時の皆の嘆き、傷み、別れの辛さ。まだ忘れてはいない。癌と闘う辛さも、特に彼女はよく知っている。


でも、どう受け止めようか逡巡する私に状況を説明する彼女の口調からは、さほどの深刻さは感じられなかった。


ステージは高くなく、手術もすぐではなく、5月半ばなのを花組芝居のステージを見るために一週後ろに倒そうと思ってる、と言ったくらいだ(そして実際、翌日にはそうした)。


ほっとしながら、あえて私も軽い口調で、いい骨休めだと思ってさっと取ってさっと復帰だね、と笑いつつ、今後のカフェのスケジュールを決めた。


心配は心配だが、早く見つかったんだし、大丈夫、と笑い合いながら。


それが、2週間後にカフェで倒れ、入院し、予定より早い手術予定に繰り上がり、その手術もできないうちにあっという間に逝ってしまった。


は?

なに?

なんで?


彼女に近しい人ほど、彼女を蝕んだ癌細胞のあまりの手速さに戸惑っているはずだ。


こんなはずじゃない。


今回の訃報をお知らせすると、状況を初めて知った方からは必ず、全然知らなかったと嘆かれるのだが、ほんとに…だって治る気でいたから、少なくとも4月下旬までは。絶対に。


亡くなる前に、一目逢えた。


お願いして預けていたチケットのことを気にしていて、声にならない声で一所懸命、何かを言おうとする。泣かないようにと思ってたけど無理だった。


受け取り、ありがとう、大丈夫まかせて、というと、ほっと安心したように笑った。


ご主人がいらしたので席をはずそうとする面々を留めるように大きく息を吸って、大きな声で「ありがとう!」と言った。あの時の皆のハッと息をのむ気配。

覚悟してるんだ、と全員が悟ったと思う。


ひとりが「旦那さんに、来てくれてありがとうだよね!私達、はずすからまたあとでね!」と笑って言うと、ニコッとした。それが最後に見た、彼女の笑顔。


翌日、巣鴨でのすがもんと石田洋介さんのイベントの合間、昼ごはんの最中に訃報が届いた。夕方には行く予定だったのに。間に合わなかった。


その後のライブを見ないで行こうかと思ったが、彼女はもう世の中にいない。どんなに急いでもいない。


そして、いつもいつもしつこいくらいに言われていたこと…「私のために何かを我慢しないで、それだけは絶対に」を思い出し、ライブを見てから行くことにした。


巣鴨'nガンボの「なくしたものはかえらない じいちゃんの顔見て 前を向く」という歌詞を聴いて、まさか、視界を滲ませる時がくるなんて。


振り払うように大きな声で、すーがんも!と私も歌った。


石田さんとはカフェのライブに2度出てもらったこともあり、また、その日、入院してることを伝える手紙を渡していたこともあったので、病院に行く前にそっと、石田さんに「さっき、逝きました」と伝えた。


困ったようにキュ、と眉を顰めて、石田さん、そう、と一言。


私が、今から行って来ます、今までありがとうございました…と涙声で言うと、「君が落ち込んでどーする!」と少し、大きな声で。


かえって私はこの言葉で泣いてしまったのだが、口のあまりうまいわけではない石田さんなりの、何か励まそうという気持ちが堪えた。


もう一度、御礼を言って病院へ。


HCUでまだ寝てるみたいな彼女と再会する。


たくさんの人がやってきて、でもみなさん、生きてる彼女に逢いに来たはずなのに、途上で訃報を受けた人ばかり。


来る人誰もが、ありがとう、助けてもらってばかりで何も返せてない、と泣く。

誰かを助けてばかり。

自分は前に出なくていい、誰かの力であればいい。そう言う人だからこそ、周りの人を惹きつける強い縁の力をたくさん持っていた。


前にいないけど、真ん中にはいた人。

芯の人。


優しく笑ってるけど案外頑固で、厳しい意見を言っても、やりたいことは曲げなかった。頼られ上手で、同時に頼るのもうまくて、多分、彼女に今度何かして、と言われて断れる人はいなかったのではないか。


辛い気持ちでいると、そっとLINEをくれて、ご飯食べようよ、食べに来て、と言ってくれる。そんな風に気にかけてくれる友達は彼女以外にはいなかった。


たくさん、悩みも話したし、彼女の悩みも聴いた。喧嘩はあまりしなかったけど、こちらが辛辣な意見を言ってもけして私を煙たがって離れることはなかった。

きっと、根っこの気持ちを信じてくれていた。


斎場で眠る彼女は少し整えてもらって、口元に優しい微笑みを浮かべている。

みんなの話をニコニコとカフェの台所で聴いてるときと同じような、優しい顔。


見るにつけ、まだ信じられない。


ごめんごめーん、寝てたー、とあの明るい声を発しながら起き上がってきそうだ。


芯を喪って、私達はこれからどうなるのか、途方に暮れる思いのまま、明後日のお別れの会のために、みんな、奔走している。

泣きながら、走っている。

走り終えた後、どうなるのか、まだわからない。