カーテンを閉め切った部屋には、湿った空気が漂っていた。
部屋の隅の小さなテレビには、彼女が映っている。少し前の、多分高校生の時の卒業写真で、まだあどけなさが残っている感じがあるが、それは何度見てもやっぱり彼女だった。
目をこすっても、頬をつねっても、景色は変わらない。ここは夢ではなく、紛れも無い現実ということだ。
信じたくなかった。夢だと思いたかった。でも、それは叶わない。だって、頬を伝う涙が、こんなにも生々しく感じられるから。
「この一連の事件で八歳の子供を含む、六名の尊い命が失われました。なお、か......」
ボタン一つでテレビは暗闇を映す。アナウンサーの声が部屋にこだまし、そして、消えた。
一
僕には癖がある。
それは夜、布団に入ってから、その日のことを振り返る。毎日それを続けている。
もちろん、何時何分にこれをして、その何分後にこれをして、と細かく振り返るわけではない。その日にあった印象的なことを思い出して、記憶の棚を整理する。そんな癖だ。
誰だってするようなことかもしれない。でも、僕はその時間を特別大事にしていた。
彼女も似たようなことをしている、と言っていた。
「毎晩、寝る前に日記に出来事をまとめて整理するんだ。私たち、なんだか似てるね」
頭の中で、優しい声が再生された。
最近は彼女の声を思い出すだけで、胸が締め付けられるような感覚に襲われるようになった。
会いたい。
何をしている時でも、心の片隅にそんな想いが居座っている。
好きな日本史の教授の講義の時でもそれは変わらなかった。
「して、あるからして、第二次世界大戦中の生活は辛かったというわけだ。はい。今日はここまで。して、解散」
教授の癖のある喋りが終わったことを合図として、講堂の中に喧騒が生まれた。
これで今日僕がとっている講義は終わりだ。
机の上に散らばった鉛筆を集め、筆箱にしまっていると、僕の影が別の影に飲まれたのが見えた。何事かと顔を上げれば、そこには見慣れた笑顔があった。
「お疲れ。外崎」
「北原もお疲れ。何か用かい?」
北原壮介。僕の友達の一人で特に仲がいい部類に入る。映画鑑賞サークルで一年生の時に出会い、同じミリタリーのジャンルが好きだったことから、彼とは仲良くなった。同じ講義を受けていて、終わった後に今のようによく話しかけてくる。
そんな彼のことを僕はいい人だと思っているし、彼もきっと思ってくれているだろう。......ただ、彼は少し変わっている。
「何か用がないと、人は人に話しかけてはいけないのかい?」
「いや。そんなことはないよ。いつも変わらないね。君は」
「心外だな。僕はこう見えてもかなり変化しているよ。最近だって、山本五十六のモノマネができるように進化したんだ」
彼はいつもこの調子だ。哲学的な言動が多く、時には社会の風潮を真っ向から否定することもある。別にそんな彼に嫌悪感を抱いているわけではない。少々遠回しな言い回しが多いが、誰かを傷つけるような発言は絶対に言わないのだ。それに、僕だって人のことを言えない。
「へえ。それは良さそうだ。今度見せてくれよ」
「ああ、練習しておくよ。それでなんだが......」
彼の笑顔がすこし曇った。
左の瞼だけ少し降ろすのも、僕は見逃さない。彼が無意識にやっている暗い話をするときの癖だ。
「......その。彼女のことなんだが」
「......」
僕はこの瞬間だけ、予知能力を得た。
彼はこう言う。
辛いとは思うが、気に病むなよ。
「辛いとは思うが、気に病むなよ」
当たりだ。当てても、嬉しくはないものだが。
「......ああ、大丈夫だよ。僕はこれでも切り替えるのが得意な人間なんだ」
表情には出さないようにしているが、これは嘘だ。本当はずっと引きずっている。
「それなら、いいんだ」
「ああ、ありがとう」
これも嘘。本当は何回も同じようなことを言われて、うんざりしている。
「じゃあ、またな」
「うん。またね」
彼は体の周りに風を巻きつかせながら、講義室を去っていった。
特別、悪いことはしていないのに、僕の胸には、微かに罪悪感が残っていた。
作者のコメント
どうも、お久しぶりです。
今度は途中打ち切りにならないようにと書きためていたことが仇となり、随分と遅れてしまいました。
すみません(・_・;
今回の話は自分の中で書きたいと思った物語です。
人によっては不快になってしまうかもしれない内容ではありますが、それも含めて私の書きたかったことだと捉えていただけると幸いです。
またのんびりではありますが、書き溜めておいてあるものもあるので、流石に一ヶ月に一篇くらいは出せると思います。
今回の物語の主人公は、外崎(とのさき)という大学生です。
彼には彼女がいました。しかし、とある出来事が幸せだった日常を崩しました。
何があったのか、彼はどうしたいのか。
心情を丁寧に書いていこうと思います。
また、よろしくお願いします🐢