今回の話には、特に深い意味はありませんので、楽しんで読んでくだされば幸いです。
では、どうぞ。
「ある森の中」
ある日。
ある町の森の中。
少女は石の上に座り、その冷たい感触を確かめていた。
暑い中では、石のひんやりする感じはとても気持ちがいいようで、るんるんと鼻歌を歌いながら、足をリズミカルに動かしている。
そこへ、同じ年くらいの少年がやってきた。
「よう。何してんの?」
「何って、見てわからないの?」
「……分からん」
首を傾げる少年に、少女はめんどくさそうに口を開いた。
「石の冷たさを楽しんでるのよ。分かんないとか、ホントに馬鹿ね」
馬鹿にされたが、少年は言い返しはしない。
もう彼女に勝てないことくらいは、学習しているのだ。
「はいはい。私が悪かったです。馬鹿でごめんなさい」
「よろしい」
少年はそのまま少女の隣に座った。
少女はそんな彼を睨んだ。
「……何もお土産ないの?」
少年は笑いながら答える。
「何もなかったんだよ。ごめんごめん」
「私はいいけど、後であの人からの罰があっても知らないわよ」
「大丈夫だよ」
少年は能天気で、罰とか、勉強とか、神様とか、そんなのはまったく気にしていないのだ。
少女はそれを知ってるので、それ以上の追及はしない。
「……でさあ、お前。何になるの?」
「これからのこと?」
「そうそう。そういえば、お前、何になりたいんだ?」
「いきなりなによ」
「いや、何となく。神様とかにでもなりたいのか?」
少女は空を見上げ、そのまましばらく動かなくなってしまった。
その間、二人の間には蝉の音だけが響く。
蝉が一通り鳴き終わった後、少女はようやく口を開いた。
「……そうね。貴方と一緒なら何でもいいかな」
「ふぁ?! ちょ、ちょっと。何だよいきなり!」
少年は、手を地面で暴れている寿命が近い蝉のようにぶんぶんと振り回しながら、赤面した。
それを見て、少女は大きく息を吸い、
そして、思い切り吹き出した。
「何で本気にしてんの? ホント面白い。お腹痛い」
少年はかき氷を一気に食べた後のような、心地はいいがブルー気持ちになった。
「なんだよ。ふざけやがって……」
「ごめんごめん。一応ちょっとはそう思ってるから」
「ちょっとてな……」
ようやく笑い終わった少女は、本当のことを話し始める。
「……私はね。幸せじゃないものになりたい」
「……説明をお願いします」
思考回路が追いついていない少年に、少女は大学の教授のような口調でその理由の説明を始めた。
「よろしい。私がそんなものになりたいという理由はね、
幸せじゃない方が、幸せだからだよ」
「…………?」
少年はもう既に考えることを放棄して、いかにも、わかりませんと見ただけで分かる顔になっていた。
そんな彼に、少女は説明を続けた。
「簡単に説明すると……
例えば、蝉ってさ、うるさいと最初は思うわよね。
でも、慣れると気にならなくなるでしょ?
幸せも一緒。ありすぎると分からないのよ」
「……おお。なるほど。素晴らしいです。教授」
少年は小さな教授に拍手を送った。
その教授は胸を思い切り張って、自信たっぷりの笑みを浮かべている。
満足いくまで拍手をもらった教授は、今度は少年に自分にされたものと同じ質問をぶつけた。
「……で、君は何になりたいのかい? 少年くん」
「俺? 俺は…………かな」
少年の言葉は、蝉の鳴き声にかき消され、途中聞こえなかった。
「え? 何?」
「だから、俺は…………だよ!」
今度は大きな風の音にかき消された。
「ごめん。もう一回!」
「俺は…………なんだ……よ」
少年の声は、何もないのにかき消えてしまった。
声だけではなく、その姿も同時にうっすらとなっていく。
「あれ? もう疲れたの? 体力ないな」
「うるさい。俺、いったん、戻る。じゃあ、また、後で」
少年はそれだけ言い残し、ゆっくりと消えていった。
その様子を見届けて、少女はぼそりと呟いた。
「……あいつ、ホントに体力ないわね。まあ、若干頭欠けちゃってるし、しょうがないか……」
少女はそのまま後ろにいるであろう、あの人、に話しかける。
「ねえ。今日も誰も来なかったわね。これからどうするの?」
あの人の返答は聞こえず、その代わり、蝉の音がまた響き始めた。
「……無視ですか。そうですか。もうお掃除してあげませんよ!」
静かな森に、少女の怒鳴り声が響き、蝉が一瞬鳴き止んだ。
そして、すこしだけ生暖かい風が少女の頬をなで、消えて行った。
多分、あの人が謝っているのだと、少女は解釈する。
「……わかったわ。また今度してあげる。じゃあ、私もちょっと疲れてきたから、戻るね。おやすみ……」
少女はゆっくりと、先程の少年と同じように消えて行った。
彼等の眠りを妨げないように、蝉は鳴き声の音量を少しだけ下げる。
風も静かになる。
森は暑い日差しを遮る。
明日の朝、彼らが再び目覚めるまで……。
ある町の森の中。
その森の奥深くにある神社には、二匹の少し汚れたり、欠けている狛犬が二匹。
持ち合わせている少ない力で人間に化け、
今日も、何でもないことを話したり、
近くにある山ぶどうや柿を食べながら、
自分たちの仕える神様の信者が来るのを、
境内を掃除して待っている……。
Fin.
感想やコメントなどはいつでもお待ちしています。
誤字脱字はご勘弁を……。
次の作品でまたお会いしましょう!
では。 🐢