僕はかなりのひねくれもの、なのではやっているものが嫌いだ。

 

だがネットフリックスにいたずらに金を吸われるのも面白くないので何かアニメを見ようと思い立ちはやっていた新劇ミヨーと今更ながら思ったのだった。

 

結論から言うとめっちゃ面白い(想像以上)。

 

漫画をチョロっと呼んだのでどうせイケメン主人公が巨人を成敗して終わりでしょという感じだと思っていたが全然そんなことはないのだ。

 

むしろ巨人を倒し終え島の外に世界があるとわかってからが本番なのだ。ここら辺はややこしいので読んでいない人はぜひ読んでほしいしアニメも見てほしい(グロイケド)。

 

 

それにしてもと考える、、、、、、、、、、

 

なぜこんなくらいアニメが流行ったのだろうと。確かに進撃の巨人のアニメはスタイリッシュな戦闘に個性的なキャラクター、音楽どれお素晴らしいが万人受けするような話ではないと思う。なぜなら今の日本人はあかるく楽しくハッピーな話が好きだ。ところが進撃の巨人はたまに挟むギャグがあれどかなーり暗く重いお話である。僕はなぜこんなアニメが今の日本人に受け入れられたのだと少し疑問に思った、、、、、、

 

僕なりに出した結論は、、、、、、、、

 

日本人も鳥かごに囚われていてそれを潜在的に感じているのではないのか、、、、、

 

別に島国だから『鳥かご』というわけではない

日本人いや人間はどこか『社会』囚われているのではないかと思った。

 

どういうことかというとまず人間に生まれたからには『常識』という鎖がはめられ学校などに行くと個性的で自由に生きましょうと教えられてもクラスにもし同性愛者一人でもいたらみんな腹の内でみんな馬鹿にしているのである。

もちろん僕もその一人であり(自分自身も変人だが)人を心の中で罵倒している自分自身に葛藤しているだけまだましと思いたい(自分勝手であり最低)

 

またそうこうして社会に出てもシビアなお金や年齢、結婚、しきたり、社会の空気にしばられているのではないかともしかしたら心の中で日本人は感じているのかも、、、かもしれない、、、、、僕の勝手な考察だ。

 

地ならしという非現実的なエレン、、自由を求めるその姿心のどこかで憧れていたのではないか!これが僕の思う進撃の巨人がヒットした理由だと思う。

 

少し長くなったが僕が一番好きなシーンがある。それはジークとクサヴァーさんのキャッチボールについてジークが『意味のないことの繰り返しでも楽しい』みたいなニュアンスのことを言っていてこれは人生に通ずるものがあるなと思った。

 

どうせ死んでしまう人間。今やっていることに意味はあるのかと思うことがある。でもいいのだ人生は生きているだけで楽しいものなのだから。