雲南市創作市民演劇『KIRINJI -新説・山中鹿介-』

雲南市創作市民演劇『KIRINJI -新説・山中鹿介-』

主催/雲南市演劇によるまちづくりプロジェクト実行委員会

雲南市創作市民演劇第9弾「KIRINJI -新説・山中鹿介-」
脚本・演出 : 亀尾佳宏


公演日 : 平成31年3月23日/3月24日
雲南市創作市民演劇3年ぶりの新作は、出雲尼子一族の興亡と、鹿介の生きた激動の時代を描く戦国スペクタクル!!


主催・お問い合わせ:雲南市演劇によるまちづくりプロジェクト実行委員会
事務局 : チェリヴァホール内 Tel.0854-42-1155 Fax.0854-42-1251



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いよいよ本日本番。

スペシャルインタビューのラストを飾るのは、特別出演の松村武さん!

 

2012年異伝ヤマタノオロチ、2014年ふることぶみ~古事記~と。今回で3回目の雲南市民劇。

7年の変化と、松村さんから見た雲南市民劇の特殊性を伺いました!

 

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★特別出演・明智十兵衛光秀役:松村武さん

 

 

-2012年の初出演から7年。変化は感じますか?

異伝ヤマタノオロチ(2012)の時は演劇をする機会が市民劇に凝縮されていたように感じましたが、来るたびに演劇の輪が広がっていますね。

自分自身も、来るたびに知り合いが倍に増えます。今回は倍以上かも(笑)

もう一つ特徴的なのは、異伝の時に参加していた人たちが演劇の場を作る核になっていることです。

市民劇から飛び出して、新しい場で好きな演劇を作るための流れ。

ここまで広がるものか?と思いますね。すさまじい進化だなと。

 

 

それから、拡がっていく人の中には雲南どころか島根県を飛び出しちゃう人がいるのもすごいことですよ。

東京に来る人もいますし、私の故郷、奈良に来てくれる人もいます。

さらに動き回ってネットワークを作って、47都道府県を回った人、カムカムミニキーナのメンバーと共演しようとしている人。

皆の行動力が本当にすごくて・・・びっくりしますよね。

正直、最初来た時は“島根県で演劇が広まるといいな”くらいに思っていましたが、ここまでの動きを見せるのは完全に予想外でした。

 

-東京で、この市民劇の話題になったりはしますか?

なりますよ。周りからも聞かれますし、自分しか知らないネタとして“持ちネタ”にしているところもあります。

プロとしていろんな芝居に関わることは多いですが、市民劇に出るというのはまた特殊。

「市民劇に役者として出る」というのは何か理由があるのでは?と聞かれたりもしますし。

そのたびに「雲南の市民劇はかなり思い入れのある、特殊な芝居」だと、飲み会などでよく話してます(笑)

 

-山中鹿介について、これまで関わりはありましたか?

今は古事記や古代史について一番興味がありますが、やはり歴史を最初に好きになったのは戦国時代なんですよ。

山中鹿介の名前も知ってるし、鹿介が出てきた芝居も作ったことがあります。

前回、オイル(2016年、U-SPACE主催)の時かな。亀尾さんと月山富田城に登って「いつか鹿介のお芝居、作りますか」と話してたんですが、実現しちゃいましたね。

 

 

元々、山中鹿介は歴史上華々しく活躍したかと言われると、そうではない人物です。

だからどこで何をしていたのかわからない時期があります。そこを江戸時代からいろんな人がフィクションで埋めようとして、講談として面白くなっていったと思うんですよ。

今回は歴史に沿った流れになっていますが、その余白部分で「KIRINJI」というタイトルがどう表現されるのか、来場される皆さんには楽しみにしていて欲しいところですね。

 

-松村さんから見た、今回のメンバーの特徴とは?

自分は奈良の大和郡山市でも市民劇をやっているんですが、メンバーの集まる理由は「仲間と接するのが楽しい」「健康に良い」とかで、少し年齢が上の層が集まるのが特徴なんですよ。

それがこの雲南市民劇は若い層から入ってくる。10代から増えていくというのは大和郡山では見ないし、他の市民劇でも珍しい現象ではないかなと思います。

亀尾さんが高校演劇の指導をしているというのもあると思いますが、それでもいろんな高校から集まるというのはすごいですよね。

芝居をするためには都会に行かなければならないという考え方は今でも根強いのかもしれないですが、この雲南市でこれだけの事が出来て、これだけの人が集まるというのは非常に重要な実績になるのではないでしょうか。

 

 

若い人がこれだけ爆発的に参加していて、生き生きと積極的にやっている。今後が楽しみになりますよ。

実際、前からこの雲南市民劇には“若い層が参加しそう”という雰囲気は感じていましたが、今回はそれが大きな結果として出て、自分もその中に参加できるというのが本当に嬉しいです。今回参加してくれた高校生たちがいろんなところで演劇を続けてくれれば、さらに大きな動きになると思います。

もし雲南市民劇に1つだけ求めることがあるとすれば─。

このままの良い進化をしながら、これからも継続して欲しいということですね。

 

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松村さんの市民劇に対する想い、たくさん語っていただきました。

本当にありがとうございました!!

 

さぁいよいよ本番。出演者一丸となって、頑張ります!

 

雲南市創作市民演劇2019

『KIRINJI 新説・山中鹿介』

雲南市木次経済文化会館チェリヴァホール

2019年3月23日・18時~/3月24日・11時~&15時~

脚本・演出:亀尾佳宏

特別出演:松村武(劇団カムカムミニキーナ主宰)

山陰の麒麟児・山中鹿介の不屈の半生と、戦国時代のクライマックスとも呼べる事件が交差する!

 

チケット予約はこちらから↓(23日は完売しました)

http://www.cheriver.com/event/3980


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現在のチケット状況をお知らせします!

 

23日:完売

24日11時~/15時~:両方とも残り20席程度

 

となっております。

 

現在もお問い合わせを多数いただいている状況。

どうしようか迷っておられる方は、お早めに!

 

 

チケット購入・予約はコチラ↓

雲南市木次経済文化会館チェリヴァホール

0854-42-1155

http://www.cheriver.com/event/3980


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スペシャルインタビュー第2弾。

今回は立原源太兵衛役:宍道希典さん、吉川元春役:狩野拓也さん、小早川隆景役:河本小町さんです!

 

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★立原源太兵衛役:宍道希典さん

 

-今回市民劇に参加したきっかけや、参加してみた感想を聞かせてください
前から亀尾さんの芝居は何度も観ていて、なかなか参加できないでいたんですが
『KOMACHI』にタイミングあって参加したんですが、これがとても面白くて!
高校生卒業と進学、地元への想いがそれぞれ重なり合う物語をみんなが主軸となって舞台にする。
これぞ市民劇!という感じでしたね。
今後は「来るな」と言われない限り来ようと思っています(笑)

-立原源太兵衛として意識していることはありますか?
いろいろ調べてみたんですが、あんまり資料が無いんですよね。
なので、台本を読んでそのイメージを大切に作りました。
一人だけ少し年上なんですよ。そして、気付いたのが一人だけやりたいことが明確に出てこない。
尼子復興への思いはあるけれど、鹿介ほど強烈じゃないというか。
なら源太兵衛がやりたいことって何だろうと思うと・・・若者の夢を支えたいという気持ちじゃないかと。
なので、今は鹿介・勝久という若者の思いを後押しできる、見守る大人でありたいと思ってやっています。



-来場される方に何か一言!
本番まであと数日(インタビューは17日)ですが、刻一刻と良くなっています。
出演者一同、精一杯頑張りますので、どうぞ楽しみにお越しください!


★吉川元春役:狩野拓也さん

★小早川隆景役:河本小町さん

 

★狩野拓也さん

-今回市民劇に参加したきっかけや、参加してみた感想を聞かせてください
何年も前から観ていたので知ってはいたんですが、参加するには離れているところに住んでいたんですよ。
今回、転勤で近くに来ることになったので「あ、参加できる」と思って参加しました。
ちなみに過去作品で一番すきなのは『異伝ヤマタノオロチ』です。脚本と言うか物語がすごく好きです。

-吉川元春として意識していることはありますか?
元春は元々毛利元就の息子とはいえ一家臣という扱いなんですが、今回の物語では尼子への思いをすごく掘り下げてもらっています。
尼子や鹿介を“特別な、認め合っている敵”という感じで。
そこに人間らしい面白さを感じますね。
舞台の上でもそのライバル感が出せたらと思っています。



-来場される方に何か一言!
何年も市民劇を観てきた一人として、今までの作品に負けず劣らず面白い作品になってるなと思ってます。
一人でも多くの人に観ていただきたいので、ぜひお誘い合わせの上ご来場ください!

★河本小町さん
-今回市民劇に参加したきっかけや、参加してみた感想を聞かせてください
鳥取ではお芝居をしてるんですが、他の所でもやりたいと思っていて。
たまたまインターネットで検索したら異伝ヤマタノオロチ(2017年)が出てきたんですよ。
どの役割を任されても、いろんな面白さがあって、今回も参加しようと思いました。

-小早川隆景として意識していることはありますか?
史実を調べてみると、父元就の血を一番濃く受け継いでるという話もあるんですが、台本を読んだイメージでは柔らかい感じの人だと思ったので、それらを合わせた「柔らかさもあるけど、やるべきときは決断する」という人であることを意識してやっています。
ただ、私自身これまで男役をしたことがなくて、四苦八苦しているところもあります(笑)



-来場される方に何か一言!
3年ぶりの新作。今までに無い戦の表現、民衆の動きがかなり沢山あります。
誰を見ても楽しめる舞台になっていると思いますので、楽しみにしてもらえたらと思います!

 

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雲南市創作市民演劇2019

『KIRINJI 新説・山中鹿介』

雲南市木次経済文化会館チェリヴァホール

2019年3月23日・18時~/3月24日・11時~&15時~

脚本・演出:亀尾佳宏

特別出演:松村武(劇団カムカムミニキーナ主宰)

山陰の麒麟児・山中鹿介の不屈の半生と、戦国時代のクライマックスとも呼べる事件が交差する!

 

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今回も本番が近づいてきました!

 

 

これから本番まで、出演者のスペシャルインタビューを連載します。

第1回目は山中鹿介役:堀江 花さん&尼子勝久役:赤名 萌さんです!

 

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★山中鹿介幸盛役:堀江 花さん

-今回市民劇に参加したきっかけや、参加してみた感想を聞かせてください
高校で初めて演劇に触れたので、どこでどんな事をしているのか知らなかったんです。
去年、高校演劇の大会で配られていた募集チラシを見て市民劇の事を知って。
赤名(萌さん、尼子勝久役)はそれで参加したんですが、私は一回客として観てみたいと思ったんです。
もちろん舞台は素晴らしくて、赤名からも「稽古が楽しかった」といつも聞いていたので、今回は絶対参加しようと思いました。
今回参加して当初は、皆と一緒に楽しむぞー!という気持ちでいました。
鹿介役がもらえるとか、全然思ってなくて。なので、鹿介役と言われたときには「まさか!」でしたね。

-鹿介役となってから、意識したことはありますか?
役を貰って、鹿介をもっと知らなくちゃと思いました。
深く知っていたら役作りもスッと入っていけたんでしょうが、知識が浅くて。
本やネットで知れば知るほど、何を言われても揺るがない強い心を持っている「まっすぐな人だな」と思うようになりました。
どんな苦難が立ちふさがっていても突き抜けていく。
そんな人物だと感じながら、稽古に挑むようになりました。



-来場される方に何か一言!
総勢70名、小道具などをつかわず自分の動きだけで表現する舞台。
照明や舞台美術、衣装も綺麗ですし、キャストの動きも含めて視覚的にすごく楽しめるお芝居になっています。
また音響も素敵な曲が一番良いタイミングで「ズン!」ときて、そこから群衆の声がそろうところもかっこ良くて・・・すべてが魅力的です。
ずっと集中して楽しんでもらえるものになっていると思いますので、ぜひ楽しみにしていてください。



★尼子孫四郎勝久役:赤名 萌さん



-前回に引き続き参加。今回も参加しようと思ったのは?
去年も参加させていただいて(小宰相役)、着物を着たり、振り付けがあったり・・・その時代にあったものをたくさんさせていただいてほんとに楽しかったんです。それと大人の恋愛とか、子どもを持つ女性の気持ちとか難しいところもありましたが、助けてもらいながら本番を終えられたのも思い出に残っています。今回も募集チラシを見て、すぐ今年も参加したいと思って応募しました。

-今回は尼子勝久役。意識したことはありますか?
最初はプレッシャーが大きかったですし、自分の技術不足も感じているので上手くいかないと感じることも多かったです。
どうしようかなと思った時もありましたが、尼子勝久は最初はお坊さんでそれが10年近い尼子再興の戦いを経て、武将に成長していく。
そこに自分としてはすごく魅力を感じますし、意識したいところになりました。
今は、楽しむことが一番と考えて自分の出来る事を精いっぱいやろうと思っています。



-来場される方に何か一言!
4か月、皆で頑張って練習してきた舞台です。
最高のものをお届けできると思いますので、ぜひ来てください!

 

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雲南市創作市民演劇2019

『KIRINJI 新説・山中鹿介』

雲南市木次経済文化会館チェリヴァホール

2019年3月23日・18時~/3月24日・11時~&15時~

脚本・演出:亀尾佳宏

特別出演:松村武(劇団カムカムミニキーナ主宰)

山陰の麒麟児・山中鹿介の不屈の半生と、戦国時代のクライマックスとも呼べる事件が交差する!

 

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いよいよ公演まであと4日。
連日多くの問い合わせをいただく中、より公演を盛り上げようとオリジナルのプロモーション映像が届きました!
 

https://www.facebook.com/unnanshimingeki/videos/386117528893420/?t=1

 

各公演のチケット残り枚数も徐々に少なくなってきています。

 

今のところ、日曜日の方がまだ余裕がございます。
お買い求めはお早めに!

 

 

Special Thanks:石村武史(浜田高校演劇部顧問)


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雲南市創作市民演劇『KIRINJI 新説・山中鹿介』をより多くの方にたのしんでいただくため、無料託児サービスを受け付けております。

 

 

ご予約が必要となっており、本日が最終日です。

 

 

託児依頼は


雲南市木次経済文化会館チェリヴァホール(TEL:0854-42-1155)
 

まで。

 


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島根県雲南市加茂町“立原”

 

自分自身、今まで何も気にかけていなかったただの地名でした。

 

しかし、ここには山中鹿介の叔父、“立原源太兵衛久綱”のゆかりの地があるのです。

 

「山中鹿介を追う」最終回はそんな立原源太兵衛ゆかりの地、加茂町立原地区のお話─。

 

 

この場所は立原一族の本領(本貫)であったとされ、領主として立原氏が治めていたことが様々な史跡からうかがえます。

源太兵衛は三刀屋攻め・白鹿城救援で戦の才覚を見せ、毛利降伏の際にも非常に優れた交渉を行ったと言われています。その後は姉“なみ”の子、山中鹿介と行動を共にし内政・外交を担当。鹿介を戦略面でも政治面でも支えました。

毛利との最後の決戦・上月城の戦いに敗れた後に出家。阿波国(現在の徳島県)にて83歳の生涯を終えました。

 

 

約400年もの時が流れ─

 

 

「毛利に知られるため、立原ゆかりの地であることを言ってはならない」という先祖からの言い伝えを地区全体で守り抜いてきた立原地区。人々は名字を変え、長い時をひっそりと暮らしていました。

 

それがなぜ、ゆかりの地となっていったのか─。きっかけはなんと“演劇”でした。

 

30年前。

加茂町の催しがあると、立原地区の皆さんは途中のパフォーマンスで殺陣をするようになりはじめていました。

本当は「殺陣もあまり良くないのでは」と思うところも。

反面、「もういいのではないか」という考えの人も出てきた頃だったそうです。

 

徐々に、源太兵衛ゆかりの地として打ち出す機運が地区内で高まってきます。

打ち出し方をどうするか、いろんな方が話し合ったそうです。その中の一つとして「久綱公をしのんで -立原源太兵衛物語-」の公演プランが持ち上がりました。

 

 

台本を地元の教師の方が書き、実行委員会が立ち上がり、稽古も重ね。最初は町内公演でした。

キャスト・スタッフともに不安はあったそうです。

舞台への不安というよりも400年以上もの間、地区に根付いてきた「毛利との関係性」

平成の世になってもなお、立原を打ち出すことには抵抗があったのです。

 

しかしそんな不安を打ち消すかのように、無事に、というより、大盛況のうちに立原源太兵衛物語は幕を閉じました。

 

ここから地区全体として立原源太兵衛ゆかりの地としての発信が加速していきます。

地元の野菜を売る「源太兵衛の店」

余芸大会には「立原」を名乗ってマジックショー。

看板にも標識にも「立原源太兵衛」。

 

 

そんなある日の事。

町内公演を行ったメンバーに「BSS(山陰放送)主催の演劇大会」へ出演する話が舞い込みます。

受けることにしたものの、一気に大きくなる舞台のためにどうするのか準備に追われることに。

幕も青年団メンバーを集めて自分たちで作り、殺陣の指導、鎧の準備・・・あっという間に当日を迎えたと言います。

 

その結果は─

 

なんと最優秀賞。

 

小学生~60歳と幅広いメンバーが集い、皆で掴んだ賞でした。

 

(加茂のイベントで仮装をする皆様)

 

 

それからさらに月日は流れ─。

 

 

私たちはまた、この雲南市で山中鹿介の物語をすることになりました。

中学生~60代という幅広いメンバーと共に。

もちろん、立原源太兵衛も出てきます。

立原地区の皆さんに倣い、誰に観て貰っても面白かったと言ってもらえる舞台になると信じて残り2週間、全員で稽古に挑みます。

 

 

最後になりましたが、今回立原地区の事をお教えいただいた内田貞文さんに心からの感謝をお伝えしたいと思います。

本当にありがとうございました!

 

(内田貞文さん・写真右)

 

 

 

いつもの余談をひとつ。

立原源太兵衛は「たちばらげんたびょうえ」と読む書物が多いですが、私たち「KIRINJI」メンバーは「たちばらげんだべえ」と呼んでいます。(もちろんそう読む書物もある)

今回そちらの呼び方を採用したのは立原地区の皆さんがそう呼んでいるというところが大きく、この雲南市ならではの立原源太兵衛を感じていただけたら嬉しいです。


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今回のKIRINJI紀行は尼子十旗・第二とされる“三沢城

 

 

三沢城は島根県仁多郡奥出雲町にあり、県指定史跡となっている城跡です。

今回、奥出雲町からの出演メンバーも数多くいますし、縁の深い土地ですね。

 

北に斐伊川・南に阿井川にはさまれた標高418mの鴨倉山を中心に位置しています。

築城は14世紀初頭(1301年頃)、三沢氏によるものとされています。この三沢氏は一時期仁多郡・大原郡に勢力を伸ばし、出雲国でもかなり大きな存在でした。そのためか、設備も多く尼子十旗の中でもかなり防衛能力の高い城であるように感じます。

 

 

 

攻め入る敵をまっすぐ進ませない各設備。

迎え撃つための濠堀。

全ての進路が一つの場所に集まるようにできている通路。

その集まる場所が、ここ、二の丸です。

 

さらに進むと本丸前にある城濠。

攻め手としたら、何個乗り越えればいいのか・・・と気力が萎えていきそうな作りですね。

 

 

城濠の南を本丸、北を鳥居丸とするという記述が残っていますが、本丸は平坦な土地が残っているだけでそれらしいものはあまり残っていません。鳥居丸の方はいろいろと残っていました。

 

 

鳥居丸を回ってみると、諏訪社壇と呼ばれる祭祀遺跡も残っています。

ご神木か何かだったのでしょうか。

三沢氏は信濃の出自ですので、それで諏訪社を祀ったと考えられます。

この繋がりで、信濃を治めた武田信玄の息子・武田勝頼はもともと諏訪氏を継ぎ“諏訪勝頼”だったことが思い出されます。

 

そして月山富田城の回でも「水の確保」の話をしましたが、ここでもしっかり確保されています。

 

 

この井戸、なんと深さ三丈!(約9m)

・・・も、あったとされています。

今は埋められていますが、その理由が「明治時代、近辺を牧場として利用していたところ井戸に牛が落ちたため」と解説がされています。

使えなくなった、とかではない辺りが面白いですね。牛には気の毒ですが・・・。

 

そして、この三沢城。

周辺の山より高い位置にありますので、登ると奥出雲町が一望できます。

 

尼子勝久・山中鹿介が立った際、城主三沢氏は毛利方として尼子再興軍を各地で迎え撃ったとされています。山陽との境に位置する三沢城。ここが尼子再興軍に付いていたらまた歴史は変わっていたのかもしれません。

 

時代の趨勢を見極め動いた三沢氏はその後、長門(山口県)に1万石の所領を得、長府藩が立藩してからも家老として代々続いたとされています。

 

戦国時代というと合戦に注目が行きがちですが、三沢城を通して「生き残るための駆け引き」というものにも触れた気がします。

 

 

 

 

 

余談。

築城時、頂上に亀の形をした岩があったため、三沢城は別名亀嶽(かめだけ)城と呼ばれていたそうです。奥出雲町に亀嵩(かめだけ)という土地があるのは小説「砂の器」でも有名ですが、こういったところからも繋がっているのかもしれません。

 

 

ちなみにこの亀岩の下には三沢氏が土地を離れるときに残した埋蔵金があるという伝説が・・・。

 

KIRINJI紀行、もう少しだけ続きます。

次回は雲南市・立原地区のお話を。

お楽しみに!

 

 

 

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雲南市創作市民演劇2019

『KIRINJI 新説・山中鹿介』

雲南市木次経済文化会館チェリヴァホール

2019年3月23日・18時~/3月24日・11時~&15時~

脚本・演出:亀尾佳宏

特別出演:松村武(劇団カムカムミニキーナ主宰)

山陰の麒麟児・山中鹿介の不屈の半生と、戦国時代のクライマックスとも呼べる事件が交差する!

 

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月山富山城が難攻不落であることを紹介してきましたが、実際地形だけで無敵になるわけではありません。

 

月山富田城に篭城すると、必ず周辺の支城から援軍がやってくる。

その仕組みこそ、難攻不落を確固たるものにしていました。

 

それこそが10箇所の主要な支城、“尼子十旗(あまこじっき)”

 

尼子の歴史を記したとされる“雲陽軍実記”に以下の記述があります。

「惣じて尼子旗下にて禄の第一は白鹿、第二は三沢、第三は三刀屋、第四は赤穴、第五は牛尾、第六は高瀬、第七は神西、第八は熊野、第九は真木、第十は大西、これを十旗という」

 

 

名前を見て、気付いた方もおられるでしょう。

知ってるよ、という方もおられるでしょう。

 

そう。

この尼子十旗は今回公演をする雲南市にも存在するのです!

 

そこで今回は、尼子十旗で第三とされる“三刀屋城”へ足を運んでみました。

 

(三刀屋城跡公園見取り図)

 

承久3年(1221年)、諏訪部氏が出雲国三刀屋郷の地頭職を得てからのちに三刀屋氏を名乗り、この三刀屋城を居城にしたとされています。

東西に連なる尾根を堀切によって独立させた、平山城です。

 

高さはさほどでもありませんが、それでも頂上まで登ると木次・三刀屋が一望できます。

 

上がる途中に馬舎跡があったり、登りきると今はサイレンなどが鳴るようになっている物見櫓などが見られます。

 

本丸跡は今、広い空間となっています。

少し奥には土塁・石垣がわずかに確認できます。

キャッチボールとかも出来そうですが、一度取り損ねると果てしなく下まで転がっていきそうです・・・。

 

 

さらに奥に進むと二の丸へ。

ここには城山稲荷神社があります。

同じ名前の神社が堀尾氏・松江城にもありますが・・・。

繋がりに関して少し調べてみましたが、いまひとつ分からず。

 

 

なお、城主三刀屋氏は1562年の毛利侵攻の際にはこれに降り、以降毛利軍として各地を転戦したと言われています。

尼子勝久・山中鹿介の尼子再興軍出立の際、集まった面々の中に“三刀屋蔵人家忠”の名前もありますから、この頃には三刀屋氏も各地に点在していたと思われます。

 

その後、毛利が減封されたのち堀尾氏が入城。

当初、三刀屋城は改修予定でしたが、一国一城令により廃城となり、松江城へ移ったとされています。

 

鎌倉の時代からこの町を見守ってきた三刀屋城は1986年、島根県の史跡に指定。

現在、この一帯は様々な花が植えられていて、春には桜見物の名所で多くの花見客で賑わっています。

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