一浪している間
その時は親子関係が一番うまくいかなかった
母と父とも
幾分母とはまだましであったが一浪している間の私の勉強方針と対立した
私はしっかり基礎から勉強について向き合いたいと思っており
そのためには独学で参考書と向かい合いしっかり納得行くまで勉強したかった
自分は予備校に入る前のレベルと思っていたからだ
しかし母は私がお金を気にして予備校に通うのを我慢しているのと勘違いしていた部分もあったらしく、何度も予備校を勧めてきた
それを断るのは容易だった
しかし本当に嫌だったのは断った後の母の表情だった
息子が思う通りに動いてくれないという思いが表情に出ており、私はかつて不登校という経験から
「母は私に家にいてほしくないんだ」
と思ってしまった
私は不登校だった頃外を歩いて近所の人からいくらでも変な目で見られた
なぜあの子は平日なのに学校に行かずに家の周りをウロウロしているのだろう?
そう思われていたのかもしれない
その経験から私は自分のやりたいような勉強を我慢して母の思うように動こうと思うしかなかった
結果的に受験はうまくいかなかった
もちろんこれはこのような行動を取った私や母だけのせいではないだろう
私の努力不足もあった
方法は違えどたどり着く道がないのではないのだから
そしてここにもう1つ父の影響があったということを記しておきたいと思う
父は根っからの仕事人間という感じでパートで働いていた母とは違い、ほとんど私と顔を合わせなかった
これは現在進行形でも言える
思えばそれはこの時が今でもその状態が続いている決定的なきっかけだったのかもしれない
父は私が学校に行かなかった頃から私のことをよく思っていなかった
私が高校受験で高校見学した行きたい高校を述べてもそこは距離があるということだけで父は私に
「そんな高校行くのはいじめられた自分から逃げたいだけだ」
そう言った
後にわかることだが父は考え方も古い人間で昔の学区が今でも存在するからそう言った部分もあったようであった
前述した私が進学した県内最底辺の高校は一番私の中学から近くにあり、父は私の中学の生徒はほとんどがそこに進学すると考えていた
そのせいで編入の際も「逃げ」など言われたし
どういう理由でそう言ったかは不明だが、編入などしたりしたら大学で奨学金が借りれないなども言われた(実際はこの後問題なく借りれた)
そして父は大学受験の際も私に対し口を出してくる
私が現役で大学受験が合格できず、浪人し東京の志望している学部がある大学を受験することを伝えると
「現役ならまだしも浪人してまで行かせる金はない。地元の大学(志望している学部はない上に私がまともに高校で勉強できていない数学なども必要な国公立大学)に行け。」
と言ってきた
自分が行きたい都内の大学のための浪人の許可は母に出されており、その分の費用も母が出すと言っていた
しかし私の学業に
一切の金銭的支援をするつもりもない父がその権威のみで、私を思い通りにしようとしたのだ
それに対し私は何も言えなかった
私は昔から父に怒られる時は体罰を受けていた
しかしそれがいつからか度を超えて私の体に刻みつけられた
そしてそれは恐怖となった
だから正直怖かった
父の怒号も、いつ飛んでくるかわからないその手も怖かった
これは今だから言えるが母も同じだった
こうして本来の志望校とは違う大学を志望させられた上に数学や生物など1からやらなければいけない科目との戦いを強いられることとなる
生物はまだしも数学なんて予備校に行く以前の問題
予備校で基礎の講座を受けてもはっきり言って最初はまだしも途中からちんぷんかんぷんでついていけなくなる
なので中学レベルから参考書を買いやり直した
しかしそれだけではない
何しろ受験したのが少し前になるので忘れてきているがたしかさらに国公立大学となると地歴公民で2科目もあるはずだ
しかしそれには時間を要し過ぎた
途中と言っても夏休み過ぎだが私はこの生活に耐えられなくなり、母に相談した
やはり自分が行きたい学部がある都内の私立大学に行きたいと
母は勉強したけど国公立の科目がダメだったので私立大学しか受けられないと受験直前に言うようにアドバイスしてくれた
国公立の科目に時間を割いたせいで夏過ぎ本来の浪人生のできからは遠い偏差値の中
から私は私なりに頑張った
しかし受験の直前父に私立大学しか受けないということを言うと父の態度は豹変した
正直この時のことで唯一覚えているのは態度を豹変させた父に
「そんなことなら受験なんてするな」
と言われ他にも罵声を浴びせられ泣いていることだけである
他になんて言われたかわからない
忘れるようにしたのかもしれない
ただすごいショックだったのは覚えている
受験の日もずっとそれを引きずっていて正直受験なんてできる状態じゃなかったのは覚えている
こうして私は大学受験を終えた
結果としては先ほど述べた通り失敗と言わざるをえなかったが、滑り止めの中堅私大の志望している学部に受かることはできた
大学に入ってから親子関係についてもうひと騒動ある訳だがそれはまたの機会に話したいと思う
また余談であるが私がハロー!プロジェクトにハマるきっかけとなったのはこの浪人生時代に道重さゆみさんが黄金伝説の1ヶ月一万円生活にチャレンジしたのを見たからである
完全にハマるにはまだ月日を要する訳だがそれもまた別の機会に話すとしよう
完結させると言って申し訳ないのですが、思ったより長くなりそうなのでもう一章?続けさせることにしました
次こそは完結編となるはず…いえ完結させますので、またお付き合いいただければ幸いです
今回少し感情が出過ぎてしまったかなというのと、何とかまとめなくてはという気持ちでちょっと記事の文が雑かなと思うところもあるかもしれません
もし自分でそう感じる部分が見直してあったら適宜編集を入れていきたいと思っていますのでご了承いただければと思います
先日juice=juiceの川口総合文化センターリリアの夜公演に参戦できたので私も早くそちらのレポを書きたい気持ちもあるのですがその気持ちを抑えつつ、以前にも述べた通り私のレポートにおける感想をいろいろと共感してもらえるためにも
何より私が書きたいと思ったから私の過去についてしっかり書いていきたいと思っております
そんなブログでよければまた次の記事でもお付き合いくださればと思います
またこのブログで会えることを祈りつつ失礼させていただきます