大学生活が始まって

私は大学受験があのような形で終えたことに後悔していた

この頃私はやっと夢を見つけた

しかしその夢のためには学歴が必要だった

だから大学受験をあれだけこだわって頑張っていた

実際結果に納得がいかず、その上に大学生活では思わぬストレスを抱えることとなった

父は東京の大学に私が出たのが気に食わず

私と顔を会わせるたびに嫌味を言ってきた

「東京の大学なんか行っても無駄に金がかかるだけだ」

「あんな所の大学なんて出ても意味がない」

「学びたい分野?大学なんかでまともに学べると思うな」

これを毎年行っている父方の親戚の新年会で酔った勢いで親戚の前で私に言ってきた時は頭に来てもう二度と父と酒の席には出ないことにした

父方の新年会には翌年から一切参加していない

おまけに母もこの頃祖母の介護で積もった鬱憤を私に当たり散らすようになった

父の嫌味は諦めたが母にはやめるよう何度も言った

それでも更年期というのもあり、母自身もわかっているつもりでもそれを止められなかったようだった

私はそんな生活にうんざりしていた

このままじゃ夢も叶わない

父と母には好き勝手言われ

このままじゃこっちが持たない

やめてくれ

もうやめてくれ

そしてある日気づくと私はまともに睡眠にもつけない体になっていた

そんな体で大学生活も送れるはずもなく、1年次は単位はほとんど取れずに終わる

母に相談し父には隠し2年次に休学を決意し、心療内科に通いながらもう一度夢に向かうため再受験を行うことにした

そうして心療内科で処方された睡眠導入剤を飲みながらカウンセリングを受けながら受験勉強をもう一度やり直すことになる

しかし勉強も順調かと思われた時に薬を飲んでも寝付けなくなる時が来る

今までのストレスとなった原因が思い出される

また高校時代や中学時代のいじめの記憶が蘇ってくる

真夜中に私は発狂した

よくわからない言葉を叫んでいた

それで少しはスッキリした

だがまともに眠れることはなかった

母との些細な連絡のやり取りでも祖母の愚痴を少しでも言われると怒りがこみ上げてきて何度も怒った

そんな状態で再受験どころではなくなっていた

そしてある日母にこう言ったのを覚えている

「もう疲れた」と

それから復学までの間無気力にぼーっと過ごしていたのを覚えている

これからどうすればいいんだろう


夢を失いそんな気持ちでいっぱいだった

復学をしてからもそんな日々は続いた

父は多少治ったものの相変わらずであったが母の更年期の症状が治まりこの頃は私も薬を使えば眠れるようにはなっていた

そしてあの日を迎えることになる

道重さゆみの卒業

初めてそのことを聞いた時は別に追っかけてもないのに一時期気になっていただけだったが道重さゆみのアイドルとしての最後の舞台なら見に行きたいなと思った

そして何とかライブビューイングではあったがチケットを取ることができた

そしてモーニング娘。の伝説のリーダー道重さゆみの卒業の最高の舞台を見ることになる

当時道重さゆみ以外のメンバーはエースの鞘師里保ぐらいしかわからなかったが、それでもモーニング娘。というグループの結束力の強さ、アイドルとしての誇り、パフォーマンス、後輩たちの道重さゆみの卒業の舞台を成功させてやるという想い、道重さゆみがアイドルとして後輩に託したいもの、ファンに届けたいもの

そんな多くを感じ気づいたら涙が出ていた

初めてライブで泣いた時だった

帰り道は喪失感でいっぱいだったのを覚えている

少し気になっただけで今まで追っかけてなくてもこの喪失感なのだから道重さゆみをデビュー時から追いかけていた人はもっとそれを感じたことだろう

そして後悔した

なぜこんな素晴らしいアーティストのライブに今まで行かなかったのか

アイドルというだけで何か引け目を感じていたのかもしれない

でも実際に見に行ってみたら私が思うようなアイドルを超越するものがそこにはあったのだ

家に帰ってからも思いっきり泣いた

自分をあれほど悔いたことはなかった

次の年の春、私は道重さゆみとの約束を果たすために春ツアーの郡山公演に行くことになる

これからもモーニング娘。のファンでいる

そう誓った

でもこれが最後のライブになるかもしれないと半分思っていた

そこに道重さゆみはいない

わかってはいることだが

それがまたあの喪失感と後悔を蘇らせるのではないかと思ったからだ

電車賃も節約しなければお金もない私は水戸から郡山まで水郡線で5時間ほどかけながらそんなことを考えていたのを覚えている

そして道重さゆみが去り、新たな体制となったモーニング娘。’15の公演を見ることになる

そこにはあの道重さゆみの卒業公演を見事成功させたメンバーと新加入の12期の4人がいた

やっぱりいない

卒業しちゃったもんな

当たり前だがそこに道重さゆみの姿はない

再びその喪失感がこみ上げて来るかと思った瞬間

ステージ上にはその穴を埋めようと

いや新たなモーニング娘。を作ろうとしていたメンバーの姿があった

そして新メンバーの中で一際私の目を釘付けにしたパフォーマンスをした娘がいた

牧野真莉愛

私は

牧野真莉愛から道重さゆみを感じ取った

そしてこの娘こそ新たなモーニング娘。を築いていく存在となり得ると確信した

公演後彼女のことを調べると驚愕することになる

彼女は道重さゆみをアイドルとして一番にリスペクトしており、番組の企画のドッキリでも尊敬する先輩を聞かれた際に周りが聞いてきた先輩である「吉澤ひとみ」の名前を口にする中、この娘はただ1人「道重さゆみ」の名前を口にしたのだ

また道重さゆみもこの娘のことについてラジオで熱く語ったことがあり、まさに寵愛を受けていたと言わざるをえない存在であった

そして牧野真莉愛のモーニング娘。、道重さゆみへの憧れを知る内に

私は本当は元はどうしたかったのだろうと思うようになった

そんな中で思い出されるいじめられる前までの出来事

私は小学校の頃はいじめられる前は確かに友人たちと楽しい日々を故郷で過ごしたのだ

自転車に乗ってザリガニを捕まえに行ったり、まだ見ぬ場所を追い求め走ったりした

帰りが遅くなり、親に怒られたこともあった

でもそれは本当に楽しかった日々だった

今はいじめにより彼らとの関係も失われてしまったけど

私はもうこんな思いを誰にもさせたくない

いじめをなくすのは無理かもしれない

でも地元の県の職員になって教育委員会に配属されれば、もちろん異動もあるだろうが私のようないじめを被害者として経験した人間がいれば少しでもいじめについて改善し過ごしやすい環境を作ることくらいはできるはずだ

高校受験の時、出席日数で行きたい高校を受験できず、仕方なく受けた高校でいじめられるなんてこともなくなるかもしれない

この時私は新たに地元の県の職員となる夢ができた

それから目標ができた私は自然と薬もいらずに眠れるようになった

父の件については児童相談所に相談し、父の今までの行為は心理的虐待にも当たるということがわかり、これ以上そのような行為を続けるのなら出るべきところに出てもらうと伝えると共に休学していた旨を父に手紙を書いて伝えた

それ以後父は自分のやってきたことを理解したのか私に対して口出ししてくることはなくなった

以後父とはほとんど話さなくなったがこれで良かったのだと思う

母とはこの時やっと親子として分かり合えたと思う

新たに出来た夢について話すと私が地元に残ってくれるというので喜んでいた

今まで祖母の件で愚痴を言ったりしていたこと、浪人生時代自分のやりたいように勉強をやらせなかったこと、行きたくない高校に入れさせたこと、父を止められなかったこと改めて謝ってきたが私は許すことにした

休学してた分単位取得も大変で、本来今年卒業のはずであったが休学した分単位もギリギリで今年の卒業は厳しくなってしまい、これを書いてる時点で来年度の前期でやっと卒業単位を確保できるという見通しになっており、9月卒業の枠で卒業する予定となっている

今年は単位に追われ、公務員試験もまともに受験できる準備もできず、残念な結果になってしまったりしたのだが、逆に来年も新卒で受けることができると考えることにした

相変わらずモーニング娘。を初め、ハロー!プロジェクトのメンバーみんなに勇気付けられながら今日も夢に向かって私は頑張っている

もしこれを見ている人で同じようにいじめを経験した人がいたら少しでも参考になれば私は嬉しい

たしかにいじめを経験すると辛い人生となる

今でもおそらく私以外には理解し難い感覚に襲われることはある

いじめを受けてから自分はうまくコミュニケーションが取れなくなったんじゃないか?

私はあの日壊れてしまったんじゃないかとさえ思うことがある

でもいじめを受けた経験から私にしか見えない世界もあったと思う

あの地獄のような経験をしなければ今の夢は見つからなかっただろう

私を高校時代いじめていた1人は高校を中退し、私の家の近くのガソリンスタンドでフリーターとして働いているようでたまに車のガソリンを入れに行くと睨みつけてくる

裏で何を言ってるか知らないがもう彼は私に手を出したりできないだろうし、何かしようものならどうなるかくらいはわかっているだろう

それに彼を見ていて思うのだがいじめをするのは何と弱い人間のすることかと思う

彼は人をいじめるということをあろうことかお互いが助け合って生きている人間社会でそれを行うことでしか自分を表現できなかったのだから

対していじめを受けた人間は強いと思う

彼らにしかわからないものがあるのだから

いじめ以外にしてもそう

辛い経験をした人は強い

きっとその人にしかわからないものがある

個人的自分だけ辛いというように語ってくる人は嫌いだが

何かしら辛い経験をしている人は多い

でもそれは誰かが特別ということではない

誰も特別だと思う

その人にしか理解できない辛さなのだろうから

いろいろと余談が過ぎてしまったがここまでにしようと思う

これまで私のことを語ってきたがこれを見てこれから私が書くブログに少しでも共感してもらえたりしてくれたら嬉しい

間違いなく私の人格形成が一番なされた時期がこのブログに書いた私の人生の経験だから

また同じような経験をしている人の力にでも少しでもなるといいなとも思っていたりする

少しでもこの私の人生について語ったことが意味がありますように







長くなりましたがこれまで「自分について①〜④」とご覧になってくれた方、お付き合いくださりありがとうございました

文を書くのもまだまだ未熟で至らぬところばかりでしたでしょうが、少しでも私のこれまでの人生についてこんな経験があった、あんな経験があったということが伝わり、これから書くハロー!プロジェクトのライブやイベントなどの現場に参戦した時に感じたことなどに共感していただければと思います

作り話に思われた方もいらっしゃるかもしれませんがこれは実話で、私の人生のこの期間は間違いなく私の人格形成に一番影響を与えた時期です

そして見て頂いた方は分かる通り私の人生にハロー!プロジェクトの存在は切っても切れない存在です

最初に書いた通り飽きやすいところもありいつまでこのブログが続くかわかりませんが、ハロー!の魅力を伝えると共に私が日々感じたこと、夢に向かって行く姿など伝えていければなと思います

改めてご覧になってくださった皆様ありがとうございます

これからもこのブログの更新を楽しみにしていただければと思います

それと余談ですが気づいていらっしゃる方もいるかと思いますがブログのタイトル名が決まりました

とりあえずこのブログの名前で行こうかなと思っていますので改めてよろしくお願いします

それではまたこのブログで会えることを祈りつつ失礼致します