少し前に、Instagramでこのような動画を見つけました
試しにやってみたところ、とても効果があったので驚いたのですが、そこから〝自分をたいせつにするというのは、こういうことかな?〟という学びに至ったので、今回はそれについて書いていきたいと思います。
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『自分を大切に』というけれど
よく『自分を大事にする』、または『自分を大切にする』、ひいては『自分を愛する』というような言葉を聞きますよね。
昔は、こういう言葉は聞かず、むしろ、『人のために』というのが日本の文化であり、《日本人の美徳》とされて来たのではないでしょうか?
『自分のことは、後回し。』
ある時、小学2年生の教室の前を通りかかった時に、(同じ階に職員室があったので。) ひとつの教室から聞こえて来たのは、新卒の若い男性の担任教師が、こう言う声でした。
その時のわたしが何を思ったかは忘れてしまったのですが、やけに頭に残る経験となり、後に留学時代に《アメリカとのギャップ》を象徴する言葉ともなりました。(というのは、余談ですが、アメリカでは『他人は後回し』という言葉があるそうです、わたしの日米ミックスの知り合い曰く。
事実、アメリカ人の子達とルームシェアをしていた時に、驚くほどほど彼女たちが自分を優先に生きては、周りのことは後回しにしていたのに驚いたものです。
なので、自室の掃除を後回しにしては、共有スペースを優先して掃除していたわたしは、文字通り、茫然自失した記憶があります。
)
恐らく、小学校という、幼い時期に通う教育現場でわたしがこの言葉を聞いたのは、12、3年ほど前だったかと思います。
なので、ここ10年ほどで、『自分を大切にする』という価値観が日本にも広まって来たのではないでしょうか?勝手な想像ではありますが

ただ、それでも、『言うは易 (やす) し行うは難 (かた) し』というように、言葉では理解せども、その本質まで理解出来ているという人は、どれだけいるでしょうか?
そういうわたしも、ここ数日まで、それがどうやら理解出来ていなかったようです

動画がオススメに出て来た理由
先に紹介した動画をわたしがやってみて、驚くほどの効果はあったことは、すでにお伝えした通りのことなのですが、今回は《そっち系》の話をしたいわけではなく、それをしたことで得た気付き、学びの方に話の焦点を合わさせていただきます。
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その前に、わたしは元は整体師もしていた人間で、
始まりは点圧、いわゆる『指圧』と呼ばれるものをしていた整体師ですが、そこから『タイ式』と呼ばれるタイ古式療法の道に行き、最終的にはお客様の身体に合わせたカスタマイズ整体をするようになった経歴があるのですが、
ロングver.
動画を観ていただくことで、タイ式がどんなものか伝わるといいなぁ、と思うのです
(∩´͈ ᐜ `͈∩) ྀྀ՞ ྀྀ՞ ྀྀ՞
わたしは、巷 (ちまた) で市民権を得ているであろう点圧スタイルからタイ式に行った人間なので、タイ式にもあるゆったりとした感覚や、言葉で言い表せないものを理解しては紐解いて行くことが好きで、
なので、整体師の現場を離れた人間ですが、いまでも自分でからだのメンテナンスをする時には、ハードなことをするよりも、じわじわと『効かせて行く』というスタイルが好きですし、
同時に、フィットネスクラブのコーチもしていたこともあるので、汗をかいて筋肉を鍛えること、タンパク質を意識した食生活をするのも好きです🤔✨
そいういうことから、普段からSNSでストレッチや筋トレ、食生活関連の動画を観ることが好きとあって、先の動画もオススメに出て来たわけです。
学びの前の気付き
そういうわけで出会った動画から得た学びとはなんぞや、という話ですが、その前に得た気付きをさっくりと説明させていただきますと、
面白いことに、どうやら人のからだというものは、手のひらで触診 (しょくしん) をしながらマッサージしていく方が、服の上からや、指や拳を使って点圧をしたり、リンパ流しをするよりも効果が出やすいぞということでした。
つまり、手のひらを通して自分自身を知って行くことが一番効果的、というわけです。(勝手な持論ですが🤔)
そして、そこから派生 (はせい) して、
手のひらで自分を知って行く作業をして行くと、一番効果の出やすい刺激で自分自身に働きかけることが出来る、ということも分かりました。
気付きからの学び
自分にとって一番効果的なアプローチ方法と、一番最適な刺激というものを知ることで、わたしの世界は一変 (いっぺん) しました、文字通り。
いままで見ていた景色が変わったのです。
何故なら、〝自分にとって最適な状態とは、どういう状態か〟というものを、自然と探すようになったからです。
というのも実は、わたしは手のひらを使った触診を自分の全身に行っていたんです、入浴時に。
これは整体師をしていた時にお客様によく伝えていたことですが、『お風呂に入った時に、からだを洗う際、泡が付いた状態でマッサージするといい』んです、すべりがよくなって摩擦が減り、過度に力が入り過ぎないこともあって、筋肉を痛めにくいとわたしは考えるからです。
なので、わたしはいつも、お風呂に入った時に手腕や脚を揉みほぐしていたのですが、その時から手のひらを使って、自分の筋肉の状態だけにとどまらず、もっと内面。内臓もそうですが、
自分のからだの内側に在る〝自分〟というものを意識して、働きかけて行きました。そうした結果、
お風呂から出た後、世界が変化して見えるようになりました。
自分にとって最適な状態を作り出す
恐らくわたしがしたことは、意図せず〝自分との対話〟だったのでしょう。
ゆえに、〝自分〟という存在が明確になり、また〝自分自身が求める願い〟というものもまた明確になったのでしょう。つまり、これはとても感覚的なものですが、
《無意識》が《それよりももっと奥深いところに在る自分と繋がった》というようか感覚があるのです。
ただ、これを管理しているのは《無意識》、つまり《潜在 (せんざい) 意識》なので、わたしの《顕在 (けんざい) 意識》は感覚的にしか捉 (とら) えられていないな、という理解でもあったりします🤔
なので、《ハッキリと『こうだ』と言えるもの》ではないのですが、〝なんとなく分かる〟というレベルで自分にとって最適な環境を作り出せるようになったわけです、知識ではなく。
これまでは、たとえば部屋を整えることにおいて、外的要因や外から得た知識でそれを行っていました、『断捨離』や『掃除法』というものを使って。
なので、具合が悪くなったり、元気がなくなると、途端に崩れるわけです。部屋が片付かなくなるんです。荒れ果てるに任せてしまう。
_(:3 」∠)_
何故なら、今なら分かります。そこに《わたし》が存在していないからです。
でも、わたしが《自分》と繋がれた後からは、〝わたしにとって最適な状態とは何か〟という目で物事を見るようになったのでしょう。自然と《何が秩序を乱しているか》が分かり、それを取り除けるようになりました。
また、食べ方ひとつ取っても違って来ましたし、歯の磨き方も変わりました。
何故なら、わたしは《自分を求めるもの》を知っていて、いつでも《自分》に耳を傾けるスキルを身に付けられたからです。
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そう、これが、
〝自分をたいせつにする、ということなのだな〟と学びましたし、
また、これこそが、〝自分を愛する〟ということでもあると、今のわたしは思っています。
人はそれぞれに違う
人は、それぞれ違います。
それこそ、わたしはタイ式のようなゆったりとしたリズムで生きることも好きでありながら、ハードに筋肉を鍛えることもまた好きなように、
また、神さまのことを語りながら論理的に、多くの科学的根拠を元に物事を考えては、また福音、神さまの教えに戻って理解することが出来るように、
人は多くの側面、それも『矛盾』とも捉えられるような部分を内に抱えては、摩訶不思議な行動をしてしまうような生き物で、
それを簡単に理解することは難しいばっかりか、愛することだって難しいでしょう。
だから、《平均》というものが存在し、《ルール》が社会を作り、その枠 (わく) の中で人は今日も生きているのだと思います。
けれど、その枠にはまった状態が果たして《彼ら》なわけではなく、
その枠から外れた状態が《わたし達》なのではないでしょうか?
人それぞれに名前があるように、
人それぞれに〝個性〟があって、
〝違い〟があって、〝弱点〟があって、〝美点〟があるのでしょう、きっと。
そして、
それを知ることが〝愛する〟ということではないでしょうか?
《その人自身》をありのままに知ること、
受け入れる、ということではなく、
ただただ存在するままに理解する。
そうする時、人は今よりも多くを知るのかもしれません。
執筆中に聞き流していた《今日の一曲》


