昨日掲載した、初谷むいの歌集に関する私のレビューを、太田青磁?とかいう名の知らない人間が、ツイッターで「誹謗中傷」と書いているのを目にした。
ここで太田とやらに問い質したいのは、「(否定的な)感想」と「誹謗中傷」の違いは何かという事だ。
 
どうやら、初谷の熱心なファンや北海道の無名の若手歌人、山田航、カバン同人、そして上記の太田某など、その辺のツイッタラーが騒ぎ、その内の誰かがアマゾンに削除依頼を出した。

半自動化されているアマゾンのアルゴリズムは私のレビューを削除対象と判断し、結果として私の初谷歌集へのレビューは消されてしまった。

(その時点で、ふたりの方が「参考になった」をクリックしていた。この点も強調しておきたい。初谷歌集に生理的嫌悪感を感じ、批判的な立場を取っているのは何も私一人ではないという事を彼らは理解しているのだろうか?)
 
しかし、私の「レビュー」はあくまで単なる一読者の感想であって、「誹謗中傷」でも何でもない。
 
太田や初谷らと同様、私にも表現の自由が日本国憲法によって保証されている。
したがって、このような輩が結束し、圧力をかけて、自分たちと意見を異にする者から言葉を奪うことなど断じて許されない。

まして、彼ら自身、短歌という表現、言語芸術を目指す表現者(の卵)であるなら、今回のような他者から言葉を剥奪するという彼らの〈暴力〉は、一層悪質であると断じざるを得ない。
 
私は、初谷本人や解説を書いている山田航、太田たちいわゆる短歌クラスタがただ騒ぐだけなら等閑視するつもりであったが、
彼らが徒党を組んで、実力行使で圧力をかけ、私のレビューを削除させるという言論圧殺までは看過しない。
 
初谷や太田、そのツイッタラーの取り巻き連中は、表現するからには常に手厳しい批判にさらされる可能性があるということ、それが作品を世に出すということであり、
厳しく批判される度に「誹謗中傷」を受けたと騒ぎ立てて、他人の表現の自由を圧殺することはできないのだという当たり前のことを肝に銘じ、猛省してもらいたい。
 
なお、実は、私はこの種の輩が現れ、今回のような行動を起こす可能性を予見しており、削除されたレビューの文章を、予め自分のPCに保存しておいたのである。
だから、削除された後、当ブログにレビューを再公開することが可能となった。
 
彼らのような「自分だけが正義」と信じ切っているファシスト的な集団心理と行動パターンは最近のネット民によく見られる傾向なので、よく理解しているつもりである。

以上であるが、私に対してさらなる言語的暴力行為をなすつもりなら、私もその都度、適切に対応していく事を付言しておく。