夜の静寂を引き裂く緊急地震速報。その場にいる人たちの携帯全てから否が応なしに鳴る警報。
地震慣れした我々の恐怖の出所が、いつしかこの警報への恐怖に置き換わってしまった感じが否めない。
置き薬の様に定期的に災害袋を提供してもらえるサービスがあったら安心よね。
警報に心臓をモミモミされながらドッキドキの第二十回。
木・草・苔を選りすぐりの盆器に植え、自然の風景を模して造形し、その姿を鑑賞する盆栽。小さな世界に現世と変わらぬ生命力が宿り、木の成長や特徴によっては億の価値持った個体も存在する非常に奥深い世界。
空へ空へと伸びゆく枝葉を人間の美的感覚を頼りに剪定し、思い描く世界を構築するため、そこに植る生命一つ一つを大切に育てて行く。人一人の技量だけではなく、木や草や苔と共に時間を歩み共同作業で完成させる姿はどの作品も他には変え難い価値がある。
野球ボールが飛来してガチャーンとなった日には、馬鹿もーん!ではきっと済まされない事案となる。
自分で作成した鞄とジャンパーが届いた。思いの外良い出来で、肌寒く半袖一枚ではもう外に出る事が躊躇われる陽気の到来が待ち遠しくなる。
コーディネートをあれこれと考えるだけで時間が飛ぶ様に過ぎて行く。
しかし何故だか、嬉しさは商品到着を期に加速度的に収縮して行く。これはどんな物でも起こり得ることだが、買う前や買った瞬間の高揚感が持続をしてくれない。家宝のライダースジャケットも同じ症状でタンスの肥やしになったままである。
まあ、購買意欲が先頭に立つ感情であるため、その目的が達成されれば、その商品への荒ぶる感情はひと段落するのは言わずもがなな所ではあるが、こと自分が苦心して捻出した商品にこの様な感情の変異が訪れると些か不安になる。
億を超える盆栽を造り出す達人は自分の作品をどの様に捉えるか、枝葉を眺め、どういう造形かを想像し、ハサミを入れる。その切断という行為の結果は木の成長に委ねられ、ある一定の時間の経過があって初めて答え合わせが出来る。自分が捻出したこの商品の良し悪し、何年もこの商品に袖を通し、良かったと言える答えが出るかどうか、この不安に大きく覆い被さられ答えが出せない。これまで認めてきた文言達もそうだ、これから先も今より多くのいいねがもらえる構文となっているのだろうか。
自分は凡才だ、絵も描くしグラフィックも構成するし文章だって書く、だけどそれがなんだというのだ、そんな事に胡座を書いて上を見る事を止めれば伸びゆく枝葉は枯れ、土に還る事も出来ずにただ徒らに佇むだけ。書いて描いて作って創って。いいねがひとつもつかなくても諦めずに一つ一つ。そうして年輪を重ねて行った先で、曲がりくねった枝の先からやっとぽっと花が咲くかもしれない。
不安はいつでもガタガタと足元を揺らしてくる。横揺れで位置を変えられた後の縦揺れで棚から放り出されそうになる。枝がポキッと折れてもグッと堪えて揺れがおさまるのをじっと待つ。
天気や虫たちが敵ではなく、この凡才の一番の敵は自分に他ならない。
失敗を繰り返しつつ、いつか、枝が変な角度に曲がってて素敵と言われる凡才になれる様に、今出来る事を一生懸命に頑張りたい。
