エッフエル塔は富士山だった!

 

ジャポニズムとは、ヨーロッパで見られた日本趣味のこと。19世紀のパリ万国博覧会への出品などをきっかけに、日本美術・工芸品が注目され、西洋の画家や彫刻家、さらに一般庶民へ大きな影響を与えた。

 

エッフエル塔とジャポニズム

1889年、パリで第4回パリ万国博覧会が開催された。フランス革命100周年を記念したものであった。このパリ万博を象徴するものが求められていた。建築家のエッフエルは予てから日本の浮世絵に関心が深く、葛飾北斎の富嶽三十六景に描かれた富士山が江戸の象徴であることを知っていた。パリの象徴として富士山のようなものはないかと考え、たどり着いたのがエッフエル塔であったと言われている。確かに塔の下部は富士山の様に見える。次にフランス人の描いたエッフェル塔三十六景という浮世絵をご紹介する。

 

  

アンリ・リヴィエール(1864-3-111951-8-24)はフランス・パリ出身のポスト印象派の画家である。ジャポニズムに深い影響を受け、北斎の『富嶽三十六景』にちなんで描いた『エッフエル塔三十六景』が有名である。リヴィエール自身は来日したことはない。しかし、浮世絵を収集し、独学で木版画技術を習得、フランスの自然の微妙な表情を、素朴で澄明な作品をとし生み出した。

エッフエル塔に込められたエッフエルの意図が証明されたのが『エッフエル塔三十六景』なのかもしれない。世界が日本文化の素晴らしさに瞠目し、争って日本文化に倣おうとした一つの例である。

 

戦後の日本は?

大東亜戦争に敗れた日本人は自信を失い、あらゆる面で日本は遅れているという妄想に囚われることとなった。かってジャポニズムで世界から称賛された日本文化も遅れていると思うようになった。しかし時間が経つにつれ外国人の間で日本文化を評価する動きが強くなってきた。初め漫画が世界に、特に若者の間に広まり、寿司を代表する和食が世界中に普及した。柔道、剣道、空手のようなスポーツ、歌舞伎、能、のような演芸、盆栽、俳句、美術工芸品等々新しいジャポニズムの機運が生まれているようだ。戦後70年近くたち世界は日本の凄さに気付き始めている。世界は日本文化の凄さに気付き始めたが、本当に凄いのは日本文明なのである。しかし、日本人自体が気付いていないので無理もないことかもしれない。

 

ジャポニズムの新しい流れ

文明と文化の違いを明確に意識している人はあまりいないようだ。文明は文化より広い概念である。文明を支える大きな柱の一つが文化であると言えよう。誤解を恐れずにいえば、文明とは「大きな家」のようなものといえよう。その中にいれば生命の危険もなく安全で、豊かに幸せに暮らせる、そのような空間といえよう。この空間から一歩外へ出れば、そこは野蛮で生命の保証もない、野獣や強盗が出没する野蛮な空間である。

 

文明という大きな家を支えるためには柱が必要である。文化は文明を支える一本の柱である。社会、言語、技術等文明を支える柱は何本かあるが、中でも文化と社会は重要な二本柱だと思う。文化は具体的であるが社会ははっきりと目に見えないので分かりにくい。社会とは「人と人とのあらゆる関係」ということが出来る。親と子の関係、先輩後輩、男と女、隣近所との関係等をいうが、世界の文明において、社会はその文明固有のタイプがあるようだ。

 

現在、世界で最も進んでいると思われている西欧文明において、社会はどの様考えられているか。社会における理想は個人の自由、個人の権利が守られることのようだ。一人一人が自由、権利を主張すればどのようなことになるか容易に想像がつく。各人の自由・権利が衝突し、争いは避けられない。一方、日本文明において社会の理想は共同体の利益、即ち「私」より「公」を優先することである。個人も大切だが、各々が属している共同体のことを考え、自我を抑制する日本的な社会の在り方は一段レベルの高いものである。この両文明を比較してみるといずれが進んだ文明であるか容易に判断できるのではないか。大東亜戦争に敗れアメリカの占領政策もあり、日本文明の素晴らしさは長く封印されてきた。一日も早く日本人はこれに気付くべきである。しかし現在日本政府が進める社会政策は、ほとんどすべて西欧文明における理想的社会の実現のようだ。男女同権、個人の権利尊重等日本文明が従来理想としてきたものとは本質的に異なるものである。これを続けていけば日本文明は早晩消滅してしまうだろう。悲しいことである。

 

戦後、七十数年たち世界は日本文化の凄さに気付き新しいジャポニズムの流れが始まっているようだが、いずれは日本文明の凄さに気付くことになるであろう。江戸時代の末期、明治時代の初めに来日した外国人は日本社会の温かさ、心地よさに驚き手記を残している。日本に帰化した小泉八雲などもそのよい例である。最近来日する外国人も等しく日本社会の温かさ、心地良さを述べている。これがジャポニズムの新しい流れとなるかもしれない。他人にやさしい繊細な日本社会の素晴らしさに世界が気付き、世界がこれを評価するジャポニズムの新しい流れが実現するのは何時のことだろうか。筆者は30~40年かかるのではと考えているが、意外に早いのかも知れない。今後の展開に興味は尽きない。