「強引な起訴」の基にあるもの

19日ソウル中央地裁の公判で産経新聞の加藤前ソウル支局長が懲役1年6月を求刑された。

加藤前支局長は韓国最大部数の朝鮮日報の記事を信頼に足るものとして、コラムで日本に紹介したに過ぎない。韓国大統領を貶めるなどという意図はまったくなかった。

この日本での報道を一部の韓国人が意図的に誤訳し韓国内でインターネットへ流した。

それを読んだ韓国人が騒ぎ出し、加藤前支局長が韓国大統領の名誉を棄損したとして訴えられたのである。

インターネットと日本でのコラムの内容には大きな違いがあるにもかかわらず、加藤前局長が韓国大統領の名誉を傷つけ誹謗したと訴訟になり韓国検察が強引に起訴に持って行ったのが真相である。

なぜこのような理不尽なことが起きるのか?多分シナやコリア以外ではこんなことは起きないであろう。

このような事が起きるのは歴史=世界観が関係していると考えれば納得がいく。

「歴史ってなーに?」で書いてきたが、歴史=世界観には空間と時間の二つの要素がある。特に時間に関しては過去にさかのぼり直接検証することができないので問題になることが多い。歴史=世界観の分かりやすい例を次にあげる。

明治の初期、日本は朝鮮と国交をもつため開国要請の文書を渡すが、朝鮮側はその文書の中に「皇」という字が入っているとしてその受け取りを拒否した。これは当時、彼らの世界観がシナの皇帝を頂点とする華夷秩序によっていたためである。

皇帝が二人いるなどということは、彼らにとって到底許すことができなかったのであろう。

理屈ではなく自分達が絶対に正しい、異を唱える者は正しくないという世界観では、現代の国民国家間の交渉がうまくいく筈はないのである。

韓国検察による今回の強引な起訴も良く見ると、その根っこの所に自分達が絶対に正しく文化的に劣る野蛮な奴らは誤っているという中華思想という世界観があるものと考えれば納得がいく。

シナ・コリアとの間に起きるトラブルの多くは彼らが昔から持ち続けている世界観に真の原因があることに我々は早く気がつかねばならない。そしてその世界観が現代では通用しないことを強力に主張すべきである。