6月23日は弟の命日です。


あれから何年なったかな。

確か2008年だったはず。


だとしたら

13年経ちました。



永いような

あっという間だったような…



前日の夜に珍しく電話がかかってきたんです。


弟「お!久しぶり。元気?」


私「どしたん?そっちも元気?」


弟「色々こっちもおもろい話あってな。。。

 (ほんとにおもろい話のネタがつきない)

 (終始笑いながら🤣の会話)

 今度お盆に帰るし、そん時また話そう」


私「うん、わかったよ。楽しみにしてる。またね」


弟「…またな」



この…一瞬の間に違和感を覚えながら

電話を切りました。



明るく喋ってるけど

なんか今、言いたいことあったのかな?って。



11年たった今も、その瞬間は鮮明に思い出し

妙な胸騒ぎも同じように起こります。




なんで、あの時、かけ直して

話聞いてあげなかったんやろ?


どんな想いで

私に電話してきたんやろ?


なんか訴えたかったからかけてきたん?


お盆に帰るからって言うてたくせに

なんで?



11年経ってもこの想いは

完全には消えません。



翌日、弟の死を聞いた時

呆然としました。

思い出すといまだに動悸が止まりません。





でも

幾分かは和らいできているのは確かです。




10年間は

弟の話は心に閉ざしてきました。



思い出したら

あっという間に10年前に引きずり戻されるから。



心が開きそうになったら

慌てて閉じることをしてきました。



実家に帰っても

誰も弟の話はしなくなりました。



みんな心に爆弾のような

薄いガラスのカケラのような

冷たい氷の塊のようなものを

それぞれに仕舞い込んでいるのだろう

と、思ってました。






そして

半年ほど前に

ある人から

私の心をこじ開けられました。



ふいな出来事で

話したくない自分がいるのに

その人には

話したくなり

今まで話したことのない弟の話をしてしまいました。



その人は

「その想いは弟さんの想いじゃなくて

 あなたが勝手に思い続けていた妄想だよね。

 弟さんは多分大丈夫。

 あなたも本当はもうわかってるよね。

 ちゃんと夢に出てきて

 教えてくれてるじゃん」

と。







私は弟か亡くなって


その夏に

息子(当時2歳)にはじめて花火を持たせた時

なかなかジッと持ってくれなくて

危ないから!って言ってると

急に大人しく手持ち花火をやり出した瞬間があり

すかさず携帯で写真を撮りました。

その息子の背後の煙に

弟がくっきり映ってたんです。



一周忌の前日には

なんだか泣けて泣けて

発熱までして

熱が下がらないまま泣きながら実家にたどり着き、

仏壇の前で

大泣きしたら

熱が下がったということがありました。




夢には何度か出てきて

満面の笑みで

「俺、大丈夫だから」

って伝えにきてくれてたんです。




これだけ近くにいるよってメッセージを

受け取っているのに

勝手に、悲しみを掴み離さずにいなくていいよ、と

その人は教えてくれました。





心をこじ開けられて放心状態の私

なんで話しちゃったんだろ?て思う私

でもスッキリしている私




今日、この禊を受けるために 笑

この人に会いにきたといっても過言ではない

とっても不思議な出来事でした。





自分が納得するまでいろんなことを学べばいいよ。

その中になんらかの答えがあるなら

自分が納得できるなら

それはそれで正解。


でも、無理に悲しみの中にいなくていいよ。


天国で再開した時に、また笑顔で

自分はちゃんと生きたよって

報告できるように前を向いて生きよう。


本当は心をこじ開けて

そこに向き合う時間があっても良かった。

それはとてもとても苦しいことだけど

怖いことだけど

あえて向き合うことも、今は必要だったと思える。




時間が解決してくれる



全てはこの言葉に込められてます。






今日、弟の命日に

真っ赤な薔薇が咲きました