今日は昨年亡くなった妻のことを少し書いてみたいと思います。


彼女と結婚をしたのが昭和47年5月29日


先月で40年を迎えるところでした。


昨年12月膵臓ガンで亡くなって以来、思い返すも残念でなりません。


彼女と出会ったのは結婚までに至る4年ほど前のことでした。


当時、私が日本各地へ講習活動やヘアーショーに招かれて現役として活躍をしていた当時、彼女はJTBの丸の内花形OLでした。


私のチケットの手配をしてくれたことからお付き合いが始まり、自分自身なんとなく「この人と一緒になるのかな!」と感じはじめていたのです。


告白 「彼女は私にとっての初めての女性」でした。


恋をしたことはありましたが深いお付き合いまでには発展できなかった。


なぜか晩生で高校時代は野球に明け暮れ、やっと掴んだ恋の予感も、手も握れずに離れてしまった経験がありました。


そして修行時代も技術にまっしぐら、振り返る余裕すらなかったのです。


彼女と出合って、結婚を意識し、自分の仕事の大切さをとくとくと説明した記憶がある。

自分自身の夢を語り、そして「5年間我慢してくれ」と彼女を説得した。


当時は、両親と自分そして兄弟で小さな理容店を経営していた。


とても彼女にふさわしい男だとは思っていなかった。


しかしなぜか彼女はOKしてくれた


花のOLと一緒になるにはそれは大きな決断が彼女には必要だったはず。


私たちの結婚式は「椿山荘」で行われた


彼女の上司がいろいろと手配してくれて素晴らしい会場を手配できた。


自分が28歳 彼女が30歳


仕事も、私生活もよちよち歩きの人生のスタート切ったのである。


たぶん、このブログは若い人たちもたくさん読んでいると思います。


特に社員諸君にとっては会長の告白を聞いてビックリされる人もいるでしょう


自分自身、不器用で律儀な性格が今の自分を作り上げている。


決してあせることは無い


自分に素直に正直に生きることが人生を有意義なものにしてくれることを。