それは帰郷当時、年末は元日の明け方までお店を空けていて、初詣帰りのお客様が、帰り際に寄ることもありました。掃除がすんでお風呂屋さんの行くのが年末から年始にかけての恒例でもありました。当然、元日は寝正月!正月を迎えるのは二日目以降でもありました。


そんな中、自分達の仕事を違った目で見てみたいと考え、年末大晦日の日にはなんとしても夜9時ごろには仕事を終わらせる事ができないか?いろいろ考えました。


そして準備周到にして大晦日は9時で終了できるようにしたことで、紅白を見る優越感はたまらないものがありました。そして紅白終了後、初詣に出かけるのですが、他の店舗は夜中の営業をしているところが多々あり、お客様もいないのに店舗あけて待っている姿は、自分達の優越感と共に、この仕事に問題をたくさん抱えていることを学んだことでもありました。


それは家業というあり方に問題があったように思います。理美容業界は誰から見ても家業であるのはいたし方ありません。当時、企業化されているこの業界はありませんでした。


価格競争をしないように、組合が統制を図り、この業界を守っていたのが現実です。しかし顧客は確実に進化をし始めていました。顧客の要望や、進化に応えられる店舗が存在しない中、組合の統制で各店舗が運営を余儀なくされていた時代は、私のような考え方を持った経営者は抜け駆けをしている!と見られていたのです。

美容に転換後は組合に加入しないでサロン運営を行いました。当初はいくつかの嫌がらせもありましたが、サロン規模の違いや経営システムの違いから、組合サロンとは間違いなく一線を隔した経営をしてきたのです。