岩槻に凄い豪傑がいます。

彼は、72歳になるのですが、今でも青春を満喫できる体力と気力に満ち溢れていて、120歳まで生きると周囲の方々に宣言をしている剛毅な方です。


彼の若いころの話を先日聞かされる事になりました。

中学生のときになんとそろばん1級、商業簿記1級を取得、早くから商いの才能が開花しておりました。


そして浦和商高に進学、応援団長として破天荒な3年間を送ったのです。


たくさんの逸話の中で最も共感した事は、これです。


彼は水泳部に所属していたそうですが、なんと当時、浦和商高にはプールがなく、そのため、浦和高校に1コースだけ間借りをして細々と運営していたのだそうです。そこで彼の開拓者魂に火がつき、プールがあるところを探し始め、また学校とも交渉をして、プールが無くても国体に参加してみせる!と豪語、予算勝ち取りにも成功し、埼玉大学のプールを交渉の末、利用できる状況にし、なんと彼自身が国体に出場できるまでになったのです。


彼の人生の中での教訓として、設備が無いから出来ない!とか、出来ない理由を見つけるのではなく、どうしたらできるようになるか?を常に考える事というのがあります。それが彼の人生を今まで支えてきたと言っても過言ではありません。


人と競争をするのではなく、人と異なった土壌で出発をすれば間違いなくそこには成功が待ち構えている。彼のこの人生訓は、私達が忘れかけていたものを呼び起こしてくれました。


そして120歳まで生きたい理由として、友人達の生き証人として自分自身が世間に証明できる存在になる!とも話しておりました。


なんとも凄い豪傑がいたものです。