私はお盆が近付くと
条件反射的に戦争や原爆について考えます
長い間、それがメディアの年中行事になっていたからでしょう
メディアの戦争回顧のパターンは決まっていて
あんな不幸な戦争は2度としてはいけないという
反省を込めた内容です
表向き誰も否定できない論理です
普通の庶民が戦争をしたいとは考えません
ですから、戦争をしたことを反省しろと言われても
反省のしようがありません
政治家が悪かった、軍人が悪かったと言っても
それも上層部の一部の人間だけの話です
一般の兵士は命令に従っただけだし
逆らうことは許されませんでした
一部の上層部の政治家と軍人が悪いとしても
すでに普通選挙が実施されていた時代です
政治家を選んだのは国民ですから
結局、国民が悪かったということになります
戦争責任の問題は難しいのです
政治家の責任を追及すれば
国民への責任追及に向かわざるを得ないのです
そうなると、責任追及すること自体が無意味になります
自分で自分の責任を追及することになるからです
戦争を道徳的に論じることには限界があります
責任の所在が明確に出来ないからです
責任を問われるとなれば当事者は真実を隠すでしょう
民主主義国家においては
政治の決定は国民の意思が背景にあります
個々人の責任追及は困難です
戦争を調査するなら
事実に基づく科学的研究であるべきです
航空機事故は、パイロットの責任を免責することで
事故原因の真実を究明します
事故再発防止に役立てるためです
同じことは戦争の真相究明にも必要なはずです