日本は平和な国です
私は前方後円墳は本来要塞として作られたと考えています
したがって初期に作られた大阪平野の前方後円墳は水堀を備えています
ところが、これが関東に伝搬しますと
水堀は無くなり形だけの前方後円墳となりました
大阪平野の前方後円墳が要塞として使われることは無かったからです
構造の意味を人々が考えなくなり
表面的な形状と権威の象徴として意味だけを考え
古墳を作るようになっていったのです
これが円筒埴輪と呼ばれるモノにも言えます
本来は、その中に射手が入り、矢を射るための要塞だったのです
ところが、実際に使われることが無かったため
被葬者を守るため周囲にぐるりと並べられる慣習だけが残りました
意味は忘れ去られていったのです
江戸時代は200年以上の平和が続きました
それでも武士は腰に刀を差していました
どんなに平和が続いても
日本人の慣習を重んじる性格は大昔から変わらないのです