貞永式目は、北条泰時が制定した武家法で、幕末まで有効であったといいます

それくらい武家社会の現実に適合した法律だったのです

評定衆としての豊富な経験を元に制定されているためです

その内容は、行政、財産権、犯罪の扱いなど、重要で現実的なものです

 

私が最初に貞永式目を読んで驚いたのは

冒頭が神仏を尊べとう内容になっていたことです

もっと現実的内容で始まるものとばかり思っていました

なぜ神仏のことが冒頭に出て来るのだろう?

私は考え込んでしまいました

 

当初の私の考えでは

武士は実力を持った殺人集団だから

無宗教になっては危険だからということです

武士こそ宗教心を持たなければならないというわけです

 

今の私は違います

これは信仰の自由を謳ったものなのだという解釈です

「神仏」を現代語に約せば「宗教」です

宗教を尊べ、すなわち信仰の自由を尊重せよということなのです

 

鎌倉仏教という言葉があるように

鎌倉時代は、日本では、多様な佛教信仰が生まれ、発展した時代です

鎌倉幕府も、当時の武士達も、信教の自由を心から尊重したのです

実際、武士達自身、信仰心の厚い人々でした