私の高祖父秋本三次郎は、弘化3年(1846年)、江戸に生まれました
場所は土手三番町、現在の飯田橋駅前です
この歳は丙午(ひのえうま)なので、表向き弘化4年生まれとしました
父親は300石の旗本、田代鋼之助です
嘉永年間の江戸切絵図によると、この田代鋼之助の名前があります
安政年間の切絵図では兄の田代勝三郎になっています
私の高祖父の名前は秋本三次郎です
これは明治以降に名乗ったものです
幼名は田代清太郎、鋼之助の5人の子供の末っ子です
兄が二人、姉が二人いました
末の子供で、母親は十分な母乳が出ず、生まれてすぐに練馬村の農家に預けられました
ところが、練馬村から音信が無く、母と姉が見に行くと、衰弱した状態でした
そのまま引き取り、江戸の連れ帰りました
途中の茶屋で、赤ん坊を亡くしたばかりで母乳の出る女性がいると聞き
そのまま、その女性に預けられました
育ての親は、この子を大変可愛がり、12歳まで手放しませんでした
ところが、安政5年、江戸でコレラが流行ると、育ての母は、これが原因で亡くなり
清太郎は、番町の旗本屋敷に帰ってきたのです
すでに、兄が家督を継いでいました