国際情勢を私が論じても、どれほどの意味があるのでしょうか?
例えば「円安」
私は、ウクライナ戦争に伴う「有事のドル高」であると主張し、世の円安談義を嘲笑しています
円安でなくドル高、経済現象でなく戦時現象・・・と言うのが私の認識です
でも、そんなこと、私がいくら論じても、世間からは無視されるだけです
読んだ人も、その本当の意味や、私が言わんとしていることは理解できていないようです
だから、私自身も、どうでもよくなってしまうのです
台湾がどうなるのか?
それはまた、沖縄、とりわけ尖閣諸島がどうなるかという話なのですけれど
真面目に論じる人々は限られていて
しかも、その人々は、以前からそうした主張をしているのです
人は、正しいことより、信じたいことを信じるのです
言論の自由が持つ力は大きなものです
ただし、一人一人の人間は、議論を自分の頭で理解できるとはかぎりません
正しいことより、信じやすいことを信じるのです
メディアは、メディア好みの人を起用します
彼らは、メディアの望む主張をし、人々は、それを信じているように見えます
無責任な間違った主張がまかり通り、正しい主張は無視されます
何を言っても無駄という気持ちが強くなります
自分の主張は、自分の胸の中にしまい、世間を無視して生きることになります