弘前城下に住んだ忍者軍団は、幕府の送り込む忍者達を次々に殺し
やがて、伊賀の忍者の数が減ってしまったそうです
その結果、幕府は情報戦に敗れ、鳥羽伏見の戦いに負け
ついに幕府崩壊、明治維新となったのだというのです
あくまで、元忍者屋敷オーナーの説明ですけれど・・・
これは面白い話だと思います
本当に、そうかもしれないからです
伊賀の忍者は武術が強く
甲賀忍者は、武術では勝てないので、色々、知恵を使いました
伊賀忍者は鎖帷子を着ているので、刀は通りません
そこで、細い棒状の手裏剣の先にトリカブトの毒を塗って使用したのです
斬り合いになっても、ガードの堅い胴や面は狙わず、手足を斬ります
外から見えるところで拷問にかけ、仲間を助けに着たところを罠にかけます
その詳細は、ここで語るのは大変なので、やめます
とにかく、面白く、興味深い話でした
他にも、開かない扉や、身を隠すスペースなど、忍者屋敷らしい仕掛けがあります
さりげなく壁に貼ってある新聞の切り抜きは、どうやら、忍者が関係した事件のようです
硫黄島の戦いでは、最後まで機関銃を打ち続けた女性忍者(くのいち)がいたというのです
この場所が、明治になって、地図から消されているのも興味深いことです
明治の秘密警察は、幕府の使った伊賀を外し、甲賀が使われ
戦後は、進駐軍により、甲賀から伊賀忍者に変更されたということです