昨日、父の納棺をすませました
94歳にしては凜々しい父のデスマスクを見ながら
父の存在について、そして、私の知りようない父の人生について
考えるともなく、考えていました
孫達にも愛された父は、幸せな人生を送ったと思いました
3月8日の通夜、3月9日の告別式と、その準備を農協の担当者とするわけですが
お供物の生花や盛籠についても、色々、神経を使います
祭壇のレイアウトがありますから
どうしても、担当者は早く知りたがりますが
相手のあることですから、私の方で一方的に決めるわけにはいきません
現時点で、大体の概要ができましたので、一安心といったところです
人生で、こんなことは何度も無いわけですから、慣れることも出来ませんが
まあ、まったく経験が無いわけでもありません
ただ、今思えば、私は葬儀の全体像は知らなかったのです
何度も経験はしているのですが、流れに従い、人に任せる部分も多かったからです
実際には、かなり煩雑な手続きや段取りがあるのです
父の人生は、一見平凡でしたが、謎に満ちています
わりとおしゃべりな人でしたが
人に話すことと、絶対話さないことを厳格に区別していました
それは長男の私に対しても変わりありません
父の秘密の人生については、そのわずかな断片のみを、微かに知るだけです
父の棺に封書にした手紙を入れた孫もいます
その内容もまた、最後の、私の知らざる父の人生の一部分となりました