私は65歳ですから
まだ、死について考えるのは早いとも思えるのですが
死について考えることはあります
自分が死んだ後のっことを考えます
家族は、どうなってしまうのか?
そして、社会は、日本は、どうなってしまうのか?
色々、考えるわけです
自分が死んだ後、一番心配なのが家族のことですけれど
死んでしまえば、どうすることもできないわけですから
ある意味、どうなっても、しかたないとも言えます
心配したところで、意味が無いわけです
まして、社会や国家のことなど、どうでもいいとも言えるわけっです
愛のある存在について、人は、意識の中で執着します
対象について考え続け、忘れることがありません
相手が、どう思っていようと、こちらの一方的な思いを抱き続けるのです
そんなことを知ったら、相手は迷惑かもしれないのに・・・
報われることのない思いを抱きつづけ
時には、それが行動にもなってしまうこともあります
家族への愛も、国家への愛も、多分、報われることの無い愛です
しかし、愛し続け、思い続けることの中に、人間の生き甲斐はあります
報われることの無い思いの中に、自分自身の生き甲斐があるのです
それは、人間の悲しい運命かもしれません
でも、報われないからと言って、悲しいと決めつけるのは間違いでしょう
愛とは、そういうものですし、愛こそ、人間の幸福の源泉なのですから