人の心には差別心というものがあります
私の心にもあるでしょう
完全に公正で無差別に人を判断することは
普通の人間には、簡単にできることではありません

私のように不動産業を営んでおりますと
世間から、その職業を尊敬されることはありません
不動産屋という表現の中に、すでに軽蔑心が込められています

田中角栄が北京で読んだ漢詩を
井上ひさしは不動産屋の広告みたいだと評しました
井上にしてみれば、目いっぱい侮蔑心を表現したものでしょう
不動産広告というものは、街や建物をほめる分かりやすい表現を選びます
外国に賓客として招かれた首相が
そういう表現を使うことに、何か批判すべき問題があるのでしょうか?

差別心は、共感者がいることが前提で成り立ちます
井上ひさしは、不動産屋と言えば、すぐに軽蔑心を抱く人々の存在を前提にしています
社会に存在する職業差別の感情に乗った表現なのです
こういう作家はインテリには評価されても大衆には評価されません
大衆は差別には敏感なのです

今の日本で、職業で一番差別されているのはホステスでしょう
とんでもない、狼藉をはたらいた俳優に対し
俳優を擁護する意見の方が多いからです
大体、女性に暴力をふるう行為を擁護する気持ちが理解できません

女性への暴行を擁護する人々の心の中には
ホステスをまともな人間とは考えていない差別心があります
さらに、そういう人のほとんどが、銀座の高級クラブに行ったことのない人です
怪しげな性サービスをするホステスのいる店しか知らないのでしょう
そこには、下衆の勘繰りが世論を創る卑しい現代日本があります