私は自由主義哲学の信奉者です
私の自由主義は経済の自由主義です
精神だけの自由主義であれば
洞窟の中でも、牢獄の中でも実現できます
しかし、経済の自由主義は、社会の中でしか実現できません
したがって、経済の自由主義は政治的信念でもあります
私の政治信条は自由主義経済の擁護です

自由主義経済は、政治によって擁護されなければ維持できません
その政治体制は

「私有財産権の擁護」「民主主義」「法治」

などによって実現します

私有財産権は、契約社会を維持しなければ成り立ちません
所有権の移動は契約によりなされ、強制されないこと
すなわち、いかなる意味でも盗みや強奪を認めないことです
当然ながら暴力を否定しなければいけません
そのためには、行政が十分な力を持たなければならず
しかも、行政の力を民主主義でコントロールしなければならないのです
行政が力を持つからこそ、民主主義が必要なのです
つまり、シビリアンコントロールが必要になるのです

シビリアンコントロールを文民統制と訳したことは
我が国から民主主義を遠ざけた根本的誤訳となりました
シビリアンといいうのは文官のことではありません
市民代表、あるいは国民代表のことです
市民代表官、もしくは国民代表官と訳すのが正しかったのです

自由経済のもとでなければ
創意工夫は生まれず、付加価値は創造されません
地球上の資源に限りがある以上
付加価値が生み出されない限り、人類は豊かになれません
付加価値の創造が、人類を豊かにし、貧困や病苦から人類を解放するのです

よく、貧富の差とか格差社会を問題にする人がいます
自由社会では、必ず貧富の差が生じ、所得格差が生じます
しかし、私は、それはさほど気にする必要の無いことだと思います
今日、若者が社会人として働くようになれば
エアコンの効いた部屋で生活し、自家用車を所有し、休暇に海外旅行ができます
こんな贅沢は、200年前では王侯貴族でも出来なかったのですし
100年前でも、少数の大金持ちしかできませんでした
自由主義経済による付加価値の創造は、貧富の差を事実上解消してしまいます
名目的な収入差など、気にしなければよいのです