人間には、誰しも、思考停止心理があります
庶民はもとより、インテリとて例外ではありません
日本人の場合ですと”戦争”とか”原子力”とかいう言葉に、これが出ます
メディアで話題になれば、例外なく反発が起きますし
個人間の会話であれば、しばしば、気まずい沈黙に支配されます
原始社会を支配するタブーに相当するものが
文明社会にも存在するということです
残念なことには、高度な教育を受け、科学的知識を持ってるはずの現代人が
ある領域になると、科学的に考えられなくなるのです
私は、こうした心理が形成される原因の一つは教育にあると考えています
現代社会は、子供達に科学的知識を教えています
宗教的な習慣や、伝統文化が否定される場合も
科学的知識により、非科学的とか迷信と決めつけられてしまうからです
それほど強い力を持つ近代科学ですが
はたして、多くの人々は、本当に科学的に物事を考えているでしょうか?
私には、とても、そうは思えないのです
ただ、科学的知識を持っているだけであり
科学的発想ができるわけではないと思えるのです
科学的発想法と何か?
簡単に言えば”実証的合理的精神”です
実証的というのは、確かな事実の裏付けを取るということです
合理的というのは、文字通り、理屈に合っていることです
科学的知識を振り回す人によくあるのが実証性の欠如です
それとは別に、事実を並べて物知りを自慢する人には、合理的思考力がありません
どちらのタイプも、知識はあっても、思考力が無いのです
この”思考力の欠落”こそ、私には、多くのインテリの弱点に思えるのです
何故そうなるのか?
その理由の一つが教育なのです
教育の現場は、丸暗記の連続であり、考え事をしていると置き去りにされます
頭が良いとされる子でも、あまり考える時間を与えられません
本来なら、思考力があるはずの子供達が
教育によって、早いうちに、思考力を奪われる危険があるのです
私は勉強が嫌いで、大学にも行きませんでしたが
子供達にも、勉強を強制したことはありません
宿題を気にする子には、やらなくていいと言っていたくらいです
思考力が失われるのを危惧していたからです
でも、現実に学校に通っていれば、そうもいかず
子供達は勉強嫌いになっていきました
せめて読書好きにしたかったのですが、それも上手くいきませんでした
庶民はもとより、インテリとて例外ではありません
日本人の場合ですと”戦争”とか”原子力”とかいう言葉に、これが出ます
メディアで話題になれば、例外なく反発が起きますし
個人間の会話であれば、しばしば、気まずい沈黙に支配されます
原始社会を支配するタブーに相当するものが
文明社会にも存在するということです
残念なことには、高度な教育を受け、科学的知識を持ってるはずの現代人が
ある領域になると、科学的に考えられなくなるのです
私は、こうした心理が形成される原因の一つは教育にあると考えています
現代社会は、子供達に科学的知識を教えています
宗教的な習慣や、伝統文化が否定される場合も
科学的知識により、非科学的とか迷信と決めつけられてしまうからです
それほど強い力を持つ近代科学ですが
はたして、多くの人々は、本当に科学的に物事を考えているでしょうか?
私には、とても、そうは思えないのです
ただ、科学的知識を持っているだけであり
科学的発想ができるわけではないと思えるのです
科学的発想法と何か?
簡単に言えば”実証的合理的精神”です
実証的というのは、確かな事実の裏付けを取るということです
合理的というのは、文字通り、理屈に合っていることです
科学的知識を振り回す人によくあるのが実証性の欠如です
それとは別に、事実を並べて物知りを自慢する人には、合理的思考力がありません
どちらのタイプも、知識はあっても、思考力が無いのです
この”思考力の欠落”こそ、私には、多くのインテリの弱点に思えるのです
何故そうなるのか?
その理由の一つが教育なのです
教育の現場は、丸暗記の連続であり、考え事をしていると置き去りにされます
頭が良いとされる子でも、あまり考える時間を与えられません
本来なら、思考力があるはずの子供達が
教育によって、早いうちに、思考力を奪われる危険があるのです
私は勉強が嫌いで、大学にも行きませんでしたが
子供達にも、勉強を強制したことはありません
宿題を気にする子には、やらなくていいと言っていたくらいです
思考力が失われるのを危惧していたからです
でも、現実に学校に通っていれば、そうもいかず
子供達は勉強嫌いになっていきました
せめて読書好きにしたかったのですが、それも上手くいきませんでした