今日は母の命日なので、先程、墓参りに行きました
花も線香も持たず、一人、手ぶらで行ったのです
花瓶には、しおれた花がそのままでした
なんだか申し訳ない気がしました

昭和63年のこの日、母は亡くなりました
父が海外旅行中でしたから、それなりに大変でした
父の旅行先は中国でした
父とは、連絡は取れ、母の危篤を知らせたのですが
日本に帰るのには、団体を離れなければなりませんでした
担当の人と一緒に、北京で、あちこち回らなければならなかったのです
数カ所の役所の許可が必要だったからです
そういう時代でした

このまま、中国でひとりぼっちになり
自分だけ、置き去りにされてしまうのではないか?

父には、そんな不安を抱きながらの役所回りだったそうです
その当時は、中国旅行はまだ少なくて、そういことがあったのです
もしかしたら、今でも
中国には、そういう一面があるのかもしれませんが・・・

父は、成田からタクシーを飛ばして帰宅しました
しかし、間に合いませんでした
母の死に際し、最後まで母のそばにいたのは私でした
母の最期に立ち会えたことは
息子としての責任を果たしたことにはなるかと、今は思います
私にしてみれば、幼時の曾祖母の死以来の肉親の死でした
何が何だか分からぬまま、時が走り過ぎました

すでに母より長い人生を生きている私は
あらためて、母の意外に短い人生を思います
激動の昭和を生き抜いた母は、どんな思いを持って生きてきたのだろうか?
そんなことを詳しく話し合ったこともありません
本当は母のことを、あまり知らなかったな・・・と、気付かされます