1980年代の日本経済について論じてみたいです
この10年間の特徴は、一言で言えば、”バブルに至る道”です
1980年代の終わりに、日本はバブル経済に沸き
そして、1990年代の初め、それは、あえなく崩壊したのでした

あれは何だったのでしょう
いまなお、人々が懐かしさを込めて語る
あの時代の意味は、一体何だっのでしょうか?
今から思えば、ほんの短い時代でした・・・

バブル経済とは
日本の戦後経済システムが限界に来ていた頃
無理くり、最後の力を振り絞り走らされた愚行の結果でした
それまでろくな運動もしていなかった元チャンピオンの初老の男に
いきなり全力疾走を命じたようなものでした

いったんはスピードが乗るかに見えましたが
放っておけば、遠からず、走れなくなり
へたり込む運命にあったのです

ところが、スピードが絶好調になったところで
いきなり足をかけて倒すようなことを
よりによって、日本政府がやってしまったのです

自分でへたり込んだなら、やがて、立ち直ることもできたはずです
しかし、いきなり倒されてしまったので、動けなくなったのです
政府の力で立ち直らせるしか、しかたありませんでした
政府は、巨額を投じて、金融機関を救済し
公共事業をばらまき、ゼネコンを救いました

その他の企業は
自助努力で復活の道を開くしか無くなり
長い間、若者達の就職難の時代が続きました
バブル崩壊の最大の被害者は
その後に就職期を迎えた若者達です
現在50歳から30歳くらいまでの人達です

あの時代の本質は
戦後の経済成長を支えた第一世代が引退の時期を迎えていたことです
日本から企業家精神が失われ、新しいものが生まれなくなっていました
社会に、気楽なサラリーマン根性が蔓延し
大企業や公務員に就職できれば、一生安泰であるという
緩んだ人生観が支配的になっていたのです
社会から危機感が失われていました

アメリカ経済も危機を迎えていました
輸出が振るわず、財政と貿易の双子の赤字に苦しんでいました
日本への内需拡大要求は強くなるばかりでした
日本政府の方針は、輸出企業の立場を守ることが優先され
日本国民には、輸入増加と内需拡大が強く求められたのでした

日本は、平等主義の給与体系のもと、富裕者は少なく
コストパフォーマンスに優れた大衆品は、いくらでもありましたが
高額所得者を満足させる高級品はありませんでした
内需を拡大しようにも、日常品は足りているし、高級品は買えないのでした

本当は、このタイミングで税制や給与体系の見直しをすべきでした
しかし、当局は、そうした政策は一切せず、いきなり金融緩和をしたのです
その結果、余裕資金は株と不動産に集中してしまったのです
古くて錆びた細い水道管に、いきなり強い水圧をかけたようなものでした
破裂するのは、時間の問題だったのです

しかも、大蔵省や日銀が率先して、経済破壊の先頭に立ち
地価と株価を抑える政策をとってしまったのです
彼らは日本経済の強さを信じ
少々手荒いことをしても大丈夫だろうと
高をくくっていたのでした

かつての世界チャンピオンも
第一線を離れて、長いこと運動不足でいれば
もう現役時代のようには走れません
それが分からなかったのが、当時の日本の政策担当者達でした